イタリアにおける原子力と、「南」への搾取 ファビオ・ランベッリ『イタリア的考え方』(1)

・ファビオ・ランベッリ『イタリア的考え方 日本人のためのイタリア入門』(筑摩書房 1997/2)

■産業と科学技術:美術だけじゃないイタリア■

 イタリアは世界で五番目か六番目の産業大国で、(略)イタリア人の研究者は芸術だけでなく世界の第一線の科学・技術の計画に積極的に協力している。しかし、これらはイタリアについての常識に入っていない。 (30頁)

 「美の国」というイメージのあるイタリアですが、よくよく考えたら、イタリアは産業及び科学技術のほうでも、先進的な国です。しかし、「美の国」というイメージが先行して、どうしても目がそちらには行きません。
 具体的には、フェラーリなど自動車とかを想起すればいいでしょう。Wikipediaには、「イタリアは1950年代後半から原子力発電の研究開発を開始し、当時の世界原子力技術で最先端であり、1965年時点には3カ所の原子力発電所が稼動していた。」とあります (チェルノブイリの事故によって原発は全面停止となりますが、近年、原子力発電への回帰が唱えられています)。こんな意外な一面もあるのです。
 また、「エネル」というイタリアの電力及びエネルギー関連の会社は、「地熱発電技術で100年の経験蓄積があり、世界一である」(Wikipedia)とあります。何の世界一かは存じませんが、新エネルギー分野をリードする企業であるのは確かです。

■「南北イタリア」の現実の姿■

 二〇世紀前半まではイタリアは貧しく、何百万人も海外へ出稼ぎに行かなければならなかった。その中には、北の人々も多かった。
 同じくイタリア南部はイタリア統一の少し前に政治的には統一されていたが、経済的にも文化的にも地域差や階級差が激しかった。 (76頁)

 著者は、「最初から南北の対立が存在したわけではなく、むしろ著しい地域差や階級差があり、それらをできる限り隠すために、南北の対立という単純な図式を政略的に取り入れた」といいます。そもそも、「南イタリア」がどの州までを含むのかについて、きちんとした学術的定義は無いのです。
 「南北イタリア」という簡単な構図よりも、その内部での(経済的・文化的な)多様かつ複雑な地域性に着目すべきでしょう。
 北村暁夫『ナポリマラドーナ イタリアにおける「南」とは何か』でも、南北対比の図式ができてくるのは、イタリア統一期以降だと述べられています。また、南イタリア内の「多様性」(「複雑さ」)という点にもきちんと触れており、これらは、本書の内容に沿うものです。この本においては、アルゼンチンへ渡ったイタリア系移民の話や、外国人労働者への現代イタリアでの差別問題について触れられていて、勉強になります(「南北」差別に、犯罪人類学までもが動員されたという事実!)。(注1)

■搾取される南イタリア

 南部発展政策として南部に投資する企業は、国家からさまざまな形で交付金が受けられる。しかし、これを北イタリアにある企業の設備投資にあて、不要となった古い設備を南イタリアの新しくできた工場に移動する。そうして、二、三年経って南イタリアの工場は経済効率が低いといって操業を止める (78頁)

 著者が、人づてに聞いたエピソードです。北による南の収奪の例というべきでしょう。南部地域の貧困が、政府からの助成にもかかわらず、固定化してしまう原因としての例です(本当は「南北」という単純な図式は控えるべきなのでしょうが、経済比較としての意味があるので、今回は使用します)。
 南部へ投資した企業は交付金がもらえます。しかし、企業はこれを北部の設備投資に充ててしまい、不要な古い設備は南イタリアの工場へ回します。数年たって、南の工場は効率が悪くなって閉鎖する、というわけです。南へ資金が使われたのに、実際は北を潤す資金となってしまいます。
 もちろんあくまでも著者の人づての話ですので、事実かどうかは検証していません。しかし、「東でわざと損失をだし西で支払う税率を落とす、節税になり損を補って余りある」という東ドイツの構図と、南イタリアの搾取は似ていないでしょうか (詳細は、拙稿「秘密警察・シュタージの傾向と対策、及び西側による東側の【搾取】」をご参照ください)。ここにも、【後進的地域】を利用して【先進的地域】の企業が潤う、という構図があるようです。
 なお、「ゾーナ・ヌクレアーレ(Zona Nucleare)にようこそ」(『Zona Nucleare』様)によると、2003年ごろ、イタリアに核廃棄物を集積するのに適した場所を決めるため、専門家委員会が開かれたのですが、

しばしば、非公式に以下の各州が特定される場所になるだろうという声が出されました: プーリア州、シチリア州トスカーナ州バジリカータ州、とくにサルデーニャ州です。 (略) イタリア共和国政府の政令閣議決定2003年11月13日131号)は、バジリカータ州(イタリア南部)の小さくて落ち着いた田舎町であるスカンツァノ・イオニコに5万トンの核廃棄物を、永続的最終的に埋設することを(法律により)義務づけました。イタリアの全核廃棄物です。欧州でも最大の核廃棄物集積センターです。

 トスカーナ州を除いて全て「南」にある州です。これは偶然でしょうか。人口密度や土地の広さで説明されるのでしょうか。でもそのような説明は、「裏日本」の原発でもなされた記憶があるのですが、どうでしょうか。(ただし、現在ある原発が、南部に集中しているわけではないので、原子力については別の事情があるのかもしれません)。

(続く)


(注1) 現代イタリアにおける移民たちの蜂起・暴動については、「イタリアの "奴隷たちの反乱"」(『夢の浮き橋 - il Ponte Sospeso dei Sogni -』様)をご参照ください。イタリアは南北だけでなく、例えば南の内部にもまた、搾取/被搾取の関係が醜い形で存在しているようです。