「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」 -医療と経済の常識- 二木立『医療改革』を読む

 二木立『医療改革』を読む。



 小泉政権における、医療に対する新自由主義的改革がなぜ挫折したのか。
 そこには根底的な理由がある。
 新自由主義的医療改革を行うと、企業の市場は拡大する一方で、医療費(総医療費と公的医療費の両方)も拡大し、これが医療費抑制という方針に反するためだ。
 著者はこれを、「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と呼んでいる
(5頁)。
 
 根拠は何か。
 それは高所得国における医療改革で、次のことが確認されるからだ。
 1、営利病院は非営利病院に比べ、総医療費を増加させ、しかも医療の質は低い。
 2、混合診療を全面解禁するには、私的医療保険を普及させることが不可欠だが、私的医療保険は医療利用を誘発し(儲けるためだね。)、公的医療費・総医療費が増加する。
 3、保険者機能の強化によって、医療保険事務管理費が増加する。

 要は、医療を営利目的にやると、儲けようというインセンティブが働くから、却って、総医療費が増えてしまうわけだ。
 しかも、混合診療のような、公費負担が私的医療の増加に伴って増える仕組みの場合、公的医療費も当然増える、って訳だ。
 皮肉なこったw



 医療効率化で医療の質の向上と医療費抑制の両立、って言うのは、幻想だと著者は言う(11頁)。

 当たり前だが、医療というのは人件費が5割を占める労働集約型産業であって、しかも、医療技術の進歩で人件費が減ることはほとんどないどころか、増加することの方が多い。
 少なくとも、マクロレベルでは、医療の質の向上と医療費抑制の両立は不可能
、というわけだ。

 医療というのは、そもそも、技術が向上すればするほど、却って、患者の「潜在的需要」を掘り起こしてしまう。
 要は、これまでの医療では治らなかった病気の人が、技術的進歩で延命できるようになる。
 そうすると、医療という供給が、潜在的需要を喚起
するという、セイの法則っぽい事態が巻き起こってしまうわけだ。
 「医師誘発需要理論(仮説)」という奴だ。



 インフォームド・コンセントについて。
 これは、医師の意識改革だけでどうこうなる問題じゃない。
 当然医師や医療従事者が時間的余裕を持つことが不可欠になる(26頁)。
 少し考えりゃ判ることだ。
 イギリスの著名な脳外科医ジュネット氏のよると「患者との会話は労働集約的であり、時間を必要とし、それはコストにはねかえる」。

 そりゃそーだw



 米国の禁煙プログラムの医療費節減効果の話。
 それによると、禁煙プログラムの実施により、医療費は短期的には減少する。
 しかし、喫煙を止めた人々の余命の延長とそれによる医療費増加のため、長期的には(15年後以降は)累積医療費は増加に転じる(31頁)。
 
 著者は、この論理は、リハビテーションや、介護予防、生活習慣病対策にも当てはまる、と判断している。

 著者は、もちろん、だからこういった類のものを止めてしまえなどと、主張しているわけではない。
 そうではなく、あくまで患者や障害者のQOL向上のために行うべきであって、医療費抑制などを見込むのは危険だよ、といっているわけだ。



 オリックスの宮内会長サマの素敵な名言(49頁)。

 [混合診療は]国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、『健康保険はここまでですよ』、後は『自分でお支払いください』という形です。金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう

 貧乏人に払う金はないわけですかww

 検索すると、この名言は知られてるみたいね。
 



 高齢化と医療の因果関係。

 昔、当時厚生省に勤務していた頃の広井良典氏は、ヨーロッパと日本の高齢化率とその進展の違いを見ないで、日本の医療費を大幅にひき上げたら、2020年頃の高齢化のピーク時には日本の医療費はヨーロッパ諸国をはるかに上回ってしまうはずだ、と述べた(94頁)。
 著者に意見に対して批判したわけだ。

 で、実際どうなったか。
 現在、日本の高齢化率はヨーロッパ諸国より高くなった。
 しかし、日本の医療費は国際的に見てまだ低い水準に留まったままだ。

 これは、平成17年度の『経済財政白書』でもきちんと認められた事実だ。
 2005年という小泉改革真っ只中の時期の白書できっちり認められた事実である。

 よーするに、高齢化と医療費は因果関係は思いのほか大きくないのよ。



 日本だと、民間保険っていうのは、個人が全ての保険料を負担する個人保険を連想しがちだ。
 しかし、欧米諸国の民間医療保険には、企業や雇用主が保険料を全て、もしくは大半負担するものは少なくない(205頁)。
 米国ではむしろそれが主流だ。
 
 統計とかで、結構気をつけないといけない点らしい。
 (民間保健負担分をイコール患者の自己負担、として扱ってしまうケースがあるからだ。)

 なお、日本の「実質患者負担割合」は先進国の中でも最上位ランクである(204頁)。
 良く覚えておくように。



 軽費医療の総医療費シェアというのはどの程度か。
 結構、この軽費医療を保険給付から外すべしとの意見は根強い。

 で、実際はどうか。
 1998年段階で、レセプト点数下位80%未満の患者の医療費シェアは25%。
 仮に、軽費医療の患者の自己負担を一律5割に引上げたとしても、浮く総医療費はたった1割程度に過ぎない。
 
 じゃあ超高額医療の総医療費シェアはどうか。
 2003年の付き1000万円以上のレセプトは101件、その医療費は、健保組合の医療給付総額の0.05%程度に過ぎない。
 超高額医療の患者が医療保険財政を圧迫しているとかは、憶説に過ぎない。

 結構勘違いしやすい、医療あるある、である。




(追記 2011/12/30)
 ブクマで、

 bn2islander 「喫煙を止めた人々の余命の延長とそれによる医療費増加」と「高齢化と医療費は因果関係は思いのほか大きくない」は矛盾する

というコメをいただいきました。
 まず単純に考えて、「医療費増加」という表記と、「因果関係は思いのほか大きくない」では、ニュアンスが違う以上、「矛盾する」という表現は適切ではありません。
 最低限「齟齬があるのではないか」が適切と思われます。

 で、本題。

 前者は、禁煙しない場合の医療費と、禁煙して延命した場合の医療費との比較の問題であり、「長期的には(15年後以降は)累積医療費は増加に転じる」という話です。
 誤解なきよう。

 対して、後者は、高齢化と医療費との因果関係であり、データ的に大きくありません参照元の権丈先生は、もっと丁寧に 「有意な相関は、まったくない」 と言っています)。

 結局、「医療費の額は結局、社会のパイの中からどれだけ使うかという政治的な判断、つまり医療への政策スタンスで決まっている」。

 実際、日本は先進7カ国で最も高齢化率が高いが、国内総生産(GDP)比でみた医療費は最も少ない。

ワケですから(参照:http://plaza.rakuten.co.jp/wellness21jp/3050)。

 前者によって、医療費増加はするでしょうけど、それは、後者で見たように、マクロ的には大きなものではありません。
 つまり、そういうことです。(参考:http://bewaad.sakura.ne.jp/20061018.html