ハジュン・チャン『世界経済を破綻させる23の嘘』を再読した。
やはり、面白い。
特におもしろいと思った所だけ、書いていく。
アダム・スミスが、株主が有限責任しか負わないということで株式会社を批判したのに対して、マルクスは株式会社を擁護した(36頁)。
というのも、マルクスは、株式会社を社会主義への「移行点」として捉え、株式会社が所有権と経営を分離するので、それによって経営にタッチしない資本家たちを排除できる、と考えたのである。
まあ、これは岩井克人先生らの議論を知っている者には、周知のことだろう。
著者いわく、低レベルのインフレが経済に悪いという証拠はまったくない(89頁)。
例えば、シカゴ大学、IMFが行った研究でも、8〜10パーセント未満のインフレは経済成長率に、全く影響を及ぼさないと結論した。
このような低レベルインフレ擁護論は、著者の師匠(?)・スティグリッツ先生も述べていたことである。
その通りだろう。
問題はインフレよりも、所得だとか、再分配だとか、そっちの方だろう。
英米の歴史における産業保護について。
例えば、かのアレクサンダー・ハミルトンは、幼稚産業の保護のため、保護貿易を主張した(103頁)。
まあ、これ自体は、A・マーシャルをはじめ、同意する経済学者もいるだろう。
さらに。
大統領だったエイブラハム・リンカーンは、南北戦争中に関税を最高レベルにまで引き上げた保護貿易主義者である(104頁)。
かのベンジャミン・フランクリンも、高関税による、産業保護を訴えた。
理由は、米国の土地は広く労働者が帰農しやすいため工場労働者の賃金が高く、米国の製造業は欧州との低賃金競争から保護されないと生き延びられない、というものだった。
同じく大統領だったアンドリュー・ジャクソンも、工業製品に対する平均関税35〜40%という高率をかけた。
結構米国の歴史には、こうした産業保護を唱えた人間が多いのである。
その結果、海外からの輸入品に対抗して、産業を保護し、戦えるようになるまで時間を稼ぐことが出来た。
一方、トマス・ジェファソンのような、保護主義には反対した者もいた。
しかし彼は、特許制度を支持せず、むしろ敵視した(105頁)。
特許庁カワイソス(違
一方イギリスはどうだったか。
イギリスは、18世紀半ばに、ベルギーやオランダによって支配されていた、当時の先端産業である毛織物産業に進出した(108頁)。
初代首相・ウォルポールやその後継者たちは、国内の毛織物製造業者に、関税による保護や助成金を与えた。
じつは、イギリスが自由貿易政策をとるのは、工業が強くなった1860年代になってからである。
それまでの約100年以上、イギリスは、世界で最も保護主義的な国の一つだった。
英米は歴史的に、自分たちの産業が強くなるまで、保護貿易をきっちりと、行っていたのである。
なぜそれが、他の国では許されないのだろうか、という話になる。
競争は、本当の意味において「フェア」でないといけないはずである。
スイスもシンガポールも、実は製造業は強い(144、145頁)。
統計を見れば分かる。
スイス製品をあまり目にしないのは、国が小さくて、スイス製品の総量が少ないからである。
しかもその製品は、消費財ではなくて、機械や工業用化学薬品などの生産財に特化されている。
一人あたりの統計では、スイスは世界でもトップクラスの工業生産高である。
シンガポールも、世界でも五本の指が入る(誤字)工業経済国である。(一人あたりの製造付加価値による評価で)。
スイスは鳩時計だけ作ってるわけじゃないのである (そりゃそーだ)。
(こちらのブログさんの記事も参照されたし)
ノーベル経済学賞も受賞した大学者ハーバート・サイモンは、チェスについて次のように説明する(237、238)。
平均的なチェス・ゲームでも、10の1120乗ほどの手がある。
それをすべて考慮する合理的方法を実践するのは、人の知的能力を超えている。
ところが、チェス名人たちの駒の動かし方を調べてみると、彼らは、検討すべき手順の数を減らすために経験則を頼りに少数に手を絞って、次の手を考えていた。
このようにして、複雑性を縮減しているのである。
選択肢が多すぎると、かえって迷ってしまう。
多く手がありすぎて混乱するのを、ヒューリスティック(?)に選択することで、減らしている。
これは、政府による規則(法やルール)はなぜ存在するのか、という説明につながってくる。
私たちが規則を必要とするのは、政府の方が常に市場を良く知っているからではない(240頁)。
そうではなく、人間の知的能力の限界を謙虚に認識するゆえに、政府の規則が必要なのである。
さまざまにある市場のファクターをすべて計算に入れて行動選択が出来る人間などこの世には存在しない。
ある程度の情報を入手して、そこで行動選択をする、そうした限定合理性のもとに動くのが、人間である。
それをサポート(複雑性を縮減)してやるのが、政府に与えられる役割なのである。
(これについては、このブログさんの書評も参照されたし。)
著者は、「共産主義の崩壊とともに計画経済も消滅した」というテーゼに反論している。
実はそうでもなくね?、と。
マルクスが経済全体を中央集権的に計画するというアイデアを得たのは、じつは企業の事業計画からである(278、279頁)。
当時、事業計画というものを実行していたのは、政府ではなく企業だけだった。
マルクスは、企業内の計画を資本家による独裁だ、とたしかに批判は、している。
しかし、資本家階級を駆逐した暁には、社会的な善のために「計画」は生かされると信じていた。
マルクスはその中央集権的な計画経済を、企業をモデルにして考えていたのである。
そもそも、市場というのは、こうした計画を立てて行動する企業組織だらけである。
企業は、数年にわたる事業計画を組み、行動している。
そして、会社の売上や市場の反応を見ながら、計画の見直し、新計画を立てることはするけれども、一度立てた計画はそう簡単に引き返せない。
市場を見てコロコロ計画を変更する経営者は節操が無い(そんなことが出来るのは、設備投資や人材育成を一切しない企業くらいのものである)。
さっきも登場したハーバード・サイモンの『組織と市場』にこういう話がある。
曰く、もし火星人が何の先入観もなく地球にやってきて、私たちの経済を観察したら、彼らは確実に、地球人は「市場経済」というより「組織経済」のなかで生きていると結論するはずである。
実際、最近では、貿易の3分の1から半分が、超国籍企業内の各部局間の移送である(279頁)。
計画経済、というのは、企業組織レベルではかなり当てはまるし、それを政府が立てる産業計画・経済計画も含めて考えれば、世界各地の経済というのはけっこう「計画」しているのである。
実際、アメリカ政府でさえも、第二次世界大戦後は、研究開発への大規模な支援によって、産業の勝者の大部分を選んできた(182頁)。
コンピュータ、半導体、航空機、インターネット、バイオテクノロジーなどの産業は皆、アメリカ政府による研究開発への助成金のおかげで発展している。
様々な組織が計画しながら、その上で、市場というものは成り立っている。
ちなみに、リバタリアンであるホップは、あのハイエクを「社会民主主義者に等しい」と批判しているらしい(こちらのブログさんの記事を参照されたし)。
というのも、確かにハイエクは「社会に広く分散されている特定の状況下での知識 (中略) を中央計画当局がうまく処理することは不可能」というふうに中央政府の危うさを指摘するけれども、ならば「なぜ企業のオーナーは社会主義の中央計画当局と同じ問題に直面せずにいられるかを説明できない」からである、と。
上記の「計画経済」に関する話として、付記しとこう。
(未完)