演歌は「日本の心」というより、素晴らしき「雑種」なんだぜ、っていう話。 -輪島裕介『創られた「日本の心」神話』-

 輪島裕介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』を読んだ。
 超面白い。

 内容はタイトル通り、「演歌=日本の心」っていう図式は、「伝統の創造」じゃないの?、それって昔っからじゃなくて「最近」できたものじゃないの?、って内容である。

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

「ヨナ抜き」も。

 「ヨナ抜き五音音階」は、大正期にきわめて近代的な意識に基づいて生みだされた和洋折衷の産物 (63頁)

 演歌といえば「ヨナ抜き」であるが、なんと、これも和洋折衷の結果だという。
 「カチューシャの唄」の作曲者・中山晋平が、伝統的な民謡音階と西洋の長音階の折衷としてヨナ抜き長音階を生み出した。
 じっさい、邦楽由来だか唱歌にはない「ユリ」の技巧などが、「カチューシャの唄」には使用されている。

都はるみのコブシも。

 当時ポピュラー歌手として人気絶頂であった弘田三枝子の歌い方を模倣することで、あの唸りを身につけたといいます。 (略) 都はるみの極端な「唸り節」が、戦後のアメリカ音楽受容のひとつの到達点として、小林信彦をして「戦後17年は無駄ではなかった」と言わしめた弘田三枝子の歌唱技法に由来している (96頁)

 都はるみの話である。*1
 あのコブシは、源流をたどると、アメリカ音楽に到達する。*2
 「現在の『演歌』の構成要素がいかに雑多な出自を持ち、文化横断的な経路を経て現在の姿に至っているのかを、象徴的に示すエピソード」だと、著者は説明する。
 そう、本書の主題はまさにこれである。

 レコード歌謡において『ルーツを純邦楽や民謡に置いた作曲家』はほとんど見られず、昭和初期以来から一貫して『クラシックやジャズ、ハワイアンなどの軽音楽で育った』人々によって担われてきた (341頁)

ハマトラではなく、ハマクラのお仕事。

 ≪恍惚のブルース≫と≪バラが咲いた≫と≪夕陽が泣いている≫が同じ一九六六年に同じ作家によって作られていることは、『西洋風のポップス』と『日本風の演歌』という二分法を根本的に疑わせる決定的な事実 (157頁)

 言うまでも無く、作ったお方は、濱口庫之助。
 歌ったのは、順に、青江三奈マイク眞木ザ・スパイダースである。

「出世」

 「昭和初期には軽佻浮薄で退廃的なモダン文化であった彼らの『持ち歌』は、『ナツメロ』としてカテゴリー化され、彼らの謹厳な(尊大な?)たたずまいともあいまって、一種の真正な文化遺産に認定されてゆくことになります。 (159頁)

 彼らとは、東海林太郎淡谷のり子のことを指している。*3
 酷い比喩を使うと、下魚だった鮪が「出世」したのである。

 いや、二人とも実力があるのは間違いないのだが。

 あと、東海林太郎といえば、伝説の名曲「日独伊防共トリオ」である。
 こーみーんてーるーんー

旧左翼と新左翼、の類似と違い。

 竹中は『洋楽は、民俗性を有することによって、はじめて国際性を持ち得るのである』と述べ (略) しかし、この『日本の音律』に基づく『民族音楽の創造』とは、実は、『うたごえ運動』の理念そのものであり、『民俗性を有することによって、はじめて国際性を持ち得る』とは、言うまでもなく社会主義リアリズムの金言です。 (略) 竹中が美空ひばりを称揚するロジックは、旧来の左翼的文化運動のそれをそのまま踏襲したものであり、 (210頁)

 竹中、とは、パソ中平蔵のことではなく、竹中労のことである。
 詳細は本書を当たってほしいが、かれこそ演歌を「日本の心」に「出世」させた人物だ、と著者はいう。

 民族性を通じての国際性というのは、確かに著者の言う通り、社会主義リアリズムそのものである。
 新左翼と旧左翼に共通する要素である。

 では、旧左翼の社会主義リアリズムと、新左翼たる竹中の違いは何か。
 共同性と孤立、ともいうべき対比がその一つなのだが、、、詳細は本書をご参照あれ。

美空ひばりと民衆・民族

 美空ひばりを『日本の民衆的・民族的音楽文化のたった一人の守護者』として称揚する議論は (略) レコード歌謡が持つ近代性と異種混交性を半ば意図的に看過し、実証不可能な『民族性』の領域にレコード歌謡と美空ひばりを押し込める危険をはらむものでもありました。 (215頁)

 美空ひばりを「日本の民衆的・民族的音楽文化のたった一人の守護者」に規定することで、竹中は、対抗文化の文脈の中に彼女を位置付ける。
 これが竹中労の戦略だった。

 だが、それによって失われたものもある。
 それは、レコード歌謡の「近代性と異種混交性」だった。

演歌は日本のブルース、と言われた。

 レコード会社と『流し』の関係を単純な『親分子分』の関係で捉えたことで、両者の歴史的な関係があいまいにされ、レコード会社が素朴に『民衆の代弁者』と位置づけられてしまっている点は、五木の『艶歌』観のアキレス腱といえます。 (244頁)

 五木寛之の話である。
 彼もまた、「演歌」を「日本の心」に押し上げる現状を生んでしまった一人である。

 五木は、自身の小説の中で、「艶歌」(演歌)は日本のブルースであるという内容のことを書いている。
 黒人文化理論と演歌とを結びつけ、演歌を日本のブルース(魂の音楽!)に変身させたのである。

 んで、引用部は、その論の弱点の一つである。
 詳細を説明するのはめんどくさいので本書を当たってほしいが、往時のレコード会社による強力な体制(専属システム等)を考えれば、その論の危うさは分かろうというもの。*4

1970年代に出現した「演歌」。

 一九七〇年版『現代用語の基礎知識』で「アート・ロック」と「演歌(艶歌)」が同じ年の新語として収録されている (288頁)

 これが決定的な証拠である。
 276頁を読むと、1971年の『平凡』二月号に「最近のレコード界は、いわゆる、”演歌”といわれる曲が、競って発売されています。」、という記述がある。
 演歌は、伝統の継続ではなく、伝統から切断されたところから、「雑種」として誕生したのである。

(未完)

*1:このブログさんhttp://d.hatena.ne.jp/yinamoto/20081224は2008年の記事だが、かなりいいセンいっている。すごい。

*2:「唸り」と言った方がいいか。

*3:ところで、東海林太郎の方は、早稲田卒のインテリであり、佐野学にマル経を学び、満鉄に入社するも左翼的と目をつけられ、音楽への夢を捨てきれないこともあって、満鉄を退社している。歌手デビューはその後である。あと、当世の「東京大衆歌謡楽団」の歌い手さんは、東海林を模している(と思う)。そして、淡谷先生といえばゲルマニウムローラーである。

*4:「演歌」と新左翼とのかかわりなどについては、こちらのまとめhttp://www.twitlonger.com/show/aflsgbが存在するので、そっちを当たられたい。