ウォール・オブ・サウンドの録り方、あと、録音マイクの「距離」などについて -中村公輔『ロックのウラ教科書』を読む-

 中村公輔『ロックのウラ教科書』を読んだ。

 内容は、紹介文の通り、「録音機材の進化と、破天荒なエンジニアが生み出したブレイクスルーを詳細に解説。名盤をより深く聴くための、リスナー向け録音マニュアルがついに登場。ロックのウラを知りたいあなたのための1冊」というもの。*1

 以下、特に面白かったところだけ。

ウォール・オブ・サウンドの秘密

 一発で演奏したものをミキサーでまとめているだけで、楽器は多重録音ではないのです。 (26頁)

 フィル・スペクターの録音方法について。
 演奏者を集めて、マイクをたくさん立ててミキサーでまとめて、ダイレクトにレコーダーに録音していた。
 真近にあるマイクだけでなく、隣接した別の楽器用のマイクにも音が漏れて録音され、それが重なり合って壁のように聴こえるのがウォール・オブ・サウンドだという。*2
 ディレイされた別の楽器の音が一つあたりのマイクに入ってくるわけである。

マイクの距離で大きく変わる

 欧米の場合は例えば、セックス・ピストルズのレコーディングの際にエンジニアのビル・プライスはマイクを15センチの距離に。もうちょっと空間の音までパッケージして奥行きを出したいスティーブ・アルビニは30センチの距離に。 (引用者中略) 入り口のところで空間演出までした上でのマイク・アレンジをしているようです。やっていることはいたって普通ですが、この辺をしっかりやるかどうかが最終的な出音で差になって現れる気がしますね。 (140頁)

 ピンク・フロイドの楽曲を、アラン・パーソンズがエンジニアとして担当した際は、マイクからの距離は1.2メートルだったという。*3
 一方日本だと、基本はスピーカーのグリルにべた付けが多いようだ。
 そして、空気感がほしい場合は、後処理のエフェクトで対処してしまう。
 この差が、大きく出てしまうという。

ドラムンベースと『キャッチ・ア・ファイア』の共通性

 1990年代に流行したドラムンベースと同じ仕組みですね。ドラムをサンプラーで録音し 、千切ってからピッチを上げて再生、がら空きになった重低音のスペースに、ベースを唸るような低さで入れるというのがドラムンベースのシステム (168頁)

 のちのドラムンベースの方法を、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの『キャッチ・ア・ファイア』はすでに実践しているという。
 たとえば「コンクリート・ジャングル」の場合、クリス・ブラックウェルが、ロックと同じようなテンポになるようにテープの回転数を上げている。*4 *5
 その結果、楽器のピッチが上がり、バスドラの音も上がった結果、ベースの低音が目立つようになった(さらにイコライザーを使って目立たせた)、ということのようだ。*6
 ベースの低音を大いに生かすためには、ベース以外の低音は削らざるをえないのである。

テクノとロックの意外な関係

 当時はロック系のリスナーやミュージシャンは、電子楽器を嫌悪すろ向きもありましたが、それでも彼らが受け入れられて爆発的に売れた理由として、ギター・アンプを通っているためテクノでありながらロックの延長線上で聴けたことがあげられると思います。 (254頁)

 ケミカル・ブラザーズエイフェックス・ツインマッシヴ・アタックなどのテクノ系の人たちの話である。
 当時のこうしたアーティストは歪みを取り入れており、ギター・アンプに通した音作りをしていたのである。*7
 それによってできた音は当然ロックファンにもウケた、というわけである。

 

(未完)

 

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*1:密林のレビューに「編集者の手腕もあると思うが、ターゲットが広いのか、狭いのか、どっちつかずな印象は拭えません。」というものがあった。この部分はあっていると思う。

*2: ブログ・「『心の扉』Vol.2」http://t-akagi.hatenablog.com/entry/2015/02/15/160145によると、

では、どのようにしてスペクターはあの重厚なサウンドをつくったのか。答えは”人海戦術”とでも言えば良いのでしょうか?ギターを4人、パーカッション4人、ピアノ2人、ベース、ドラム、サックス等々十数人のミュージシャンをスタジオ内に押し込んで一発録りをして作っていました。

とのことである。参考文献として、キングズレー・アボット音の壁の向こう側 フィル・スペクター読本』が挙げられている。

*3:ジェイク・シマブクロは、アラン・パーソンズをプロデューサーに迎えてレコーディングした時のことを次のように語っている(「ニューアルバム『GRAND Ukulele』とは」http://www.kamakaukulelejp.com/feature/grand_ukulele1.html )。

楽器の目の前にマイクを配置しなかったエンジニアと仕事するのは初めてだったんだ。おもしろいんだけど、彼は楽器の上と下にマイクを置いたんだ。一本のマイクは僕の右耳のそばで、楽器のボディーの上にあって、もう一本はネックの下にあって上向きに配置して。こういう形でレコーディングをする人に出会うのは初めてだったから、本当に驚いた。 (引用者略) 彼が録った音は、アコースティックでウクレレを弾いている時に僕自身に聞こえているサウンドそのものだったから。これまで、レコーディングのサウンドはライヴのものとは別物なんだと受け入れてきたから、彼のおかげでそのギャップが縮まったし、驚くような経験だった。

エンジニアとしてのアラン・パーソンズのすごさを語るエピソードとして引用した次第である。

*4: 「uDiscoverJP」の記事(「ボブ・マーリー『Catch A Fire/キャッチ・ア・ファイア』」https://www.udiscovermusic.jp/essentials/bob-marley-catch-a-fire )の記事によると、次のような感じだったらしい。

ボブ・マーリーがロンドンに戻り、マスターテープを引き渡すと、クリス・ブラックウェルはその出来に満足せず、すぐさまプロデューサー役を取って代った。クリス・ブラックウェルはセッション・ギタリストであるウェイン・パーキンスの演奏をオーバーダブで加え、アレンジやミックスに手を加え、ベースが強すぎるところを和らげた。彼は、バンドのルーツに忠実でありながらも、当時のメインストリーム・ロック・マーケットでも通用するよう、サウンドを整えたのだ。

ベースが強すぎるところを和らげた、というあたりが、本書の内容と齟齬をきたしているような気も。

*5:牧野直也は、「コンクリート・ジャングル」のアイランド版とオリジナル版を比較して、両者のテープ速度の差は少ないとし、オリジナル版がゆっくり感じられるのは、歌いなおしたヴォーカルのスピード感の違いなどに由来すると考えられる、と述べている(『レゲエ入門』音楽之友社、2005年。140頁)。牧野の考えがおそらく正しいと思われる。以上、2021/2/25に追記を行った。

*6:ちなみに、英語版ウィキペディアのCatch a Fireの項目によると、クリス・ブラックウェルが手を加える前のマスターテープは、8トラックあった。

Engineer Sylvan Morris put the songs on eight-track tape, and allocated tracks with the drum mixes on one track and piano and guitar together on another.

もし本書の説が正しいとしても、実際はもっと単純な話であって、バスドラのほうは、スネアやハイハット等ほかのドラム音とミックスされた状態だったため、イコライザーで低音を目立たせるのを断念しただけ、という可能性も、なくはないような気もするのだが。

*7: sanodg(佐野電磁)氏は、「ケミカルブラザーズが全てのサンプルネタを一度ギターアンプで鳴らしマイクで拾った」と耳にしたとのことである(出典は、https://www.wikihouse.com/sanodg/index.php?%C5%B4%B7%FD3%20%2F%20Tekken3 )。

 また、 Brian Tarquin の " The Insider's Guide to Home Recording: Record Music and Get Paid " には、ケミカル・ブラザーズは、セカンドアルバム・『Dig Your Own Hole』で、ギター用エフェクターを全般にわたって使用した旨が書かれている。