性教育は市民教育であり、その国の市民社会の成熟度を測る重要なバロメータ -橋本紀子 (監)『こんなに違う!世界の性教育』を読む-

 橋本紀子 (監)『こんなに違う!世界の性教育』を読んだ。 

こんなに違う!世界の性教育 (メディアファクトリー新書)

こんなに違う!世界の性教育 (メディアファクトリー新書)

 

 内容は、紹介文のとおり、

 日本では、男女別にひっそりと教えられ、その実態が明らかにされてこなかった「性教育」。人種や宗教、社会が抱える問題が異なる世界の国々では、どのような性教育が行われているのだろうか? 性教育の各国比較研究の第一人者である橋本紀子氏のもとに、各国の事情に詳しい研究者が集結。

という内容。
 比較性教育(政策・制度)の試みとして、大変興味深く読んだ。
 以下、特に興味深かったところだけ。*1

時間数が足りない

 中学校で性教育にあてられる授業の平均時間数をまとめたものです(2007年筆者ら調査)。これを見ると、中学の各学年での平均はそれぞれ3時間前後。3学年の通算で9時間弱です。 (237頁)

 日本の中学校での性教育の授業時間についての話である。
 著者によると、「フィンランドの中学校では年間17時間、韓国では年間10時」とのことで、日本での短さがうかがえる。*2

性教育は「市民教育」

 相手の行動や態度についてとやかく言う「YOUメッセージ」よりも、自分の考えを率直に言う「Iメッセージ」のほうが相手にとって受け入れやすいことを教えます。  (246頁)

 栃木県宇都宮のある公立学校において行われている「性教育」の一例である。
 性教育というものが、こういった人間関係のやり取りの仕方をも含むものであることがよくわかる例である。*3
 性教育は市民教育でもあるのだ、と改めて思う。

性教育はその国の市民社会の成熟度を測る

性教育を受けた脱北者女性320人を対象にした調査では、彼女らの平均年齢は34.9歳で、30代が43.1%と最も多かったとか。 (引用者中略) 学歴でいえば、対象者の99.4%が北朝鮮で教育を受けた経験があり、そのうち90.9%が高等中学校(日本の高等学校に相当)卒業以上 (引用者中略) 性教育を受けたことの有無でいうと、94%は性教育を受けたことがないと答えました。 (225頁)

 脱北後に女性たち性教育を受けることとなった。*4
 大半は性教育を受けておらず、特に約半数を占める未婚者は、妊娠や出産についての知識が乏しかったという。*5
 性教育は、その国の市民社会の成熟度を測る重要な要素でもある。

(未完)

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*1:余り他国の性教育事情について触れられなかったが、それらについては、各自、本書をご一読あれ。もっと専門的に知りたい人は、橋本紀子「ジェンダーセクシュアリティと教育 : 海外の性教育関連教科書から日本の性教育を見直す」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005689873 等をどうぞ。

*2:橋本紀子ほか「日本の中学校における性教育の現状と課題」(https://ci.nii.ac.jp/naid/120005408557、2011年)は、「年間計画の有無にかかわらず、3学年で確保された時間数は平均 9.19 時間であり、2006 年時、フィンランドの基礎学校 7~9 学年における性教育の合計時間 17.3 時間の半分にしかあたらない」と指摘している。また、

性教育に含まれている内容を見ると年間計画の有無にかかわらず、「思春期の身体の変化」「妊娠・生命の誕生」「性感染症」は、80%以上を占めているが、「自慰」「避妊法」「性に関する相談先」は 40%以下、「さまざまな性」は 10%以下である。

と日本の性教育の問題点についても言及している。

*3:先の橋本(ほか)論文は、

年間計画有無別では、「性行動と自己決定権」「自分と相手を大事にする交際」「氾濫する性情報への対処」「男女の平等と性役割観」「いのちの尊さ」の項目で有意差(p<0.001)が見られ、年間計画を作成している学校の方が、高い割合を示している。

と述べている。この場合、「Iメッセージ」といったものは、広義の「自分と相手を大事にする交際」に当たるだろう。

 なお、Iメッセージという言葉は、それなりに歴史は深いようで、1960年代に、臨床心理学者のトマス・ゴードンの提唱した概念であるという。 以下、町田まゆ(ほか)「デートDV予防のための中学校家庭科における授業開発」(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006398853 )から引用する。

I メッセージとは I を主語にし、自分の感情を素直に伝える開かれたメッセージである一方、YOU メッセージとは YOU を主語にし、相手を解釈、非難・判断・指示するなど、行動を規制しようとする意味合いの強いメッセージである。これらは、もともと臨床心理学者のトマス・ゴードンが親子関係のコミュニケーション改善に提唱した技法であったが、後に、親子関係だけではなく、人と人とのあらゆる関係に適応できると評された技法である

*4:ヒューマン・ライツ・ウォッチは2018年、北朝鮮における政府関係者による女性への性暴力の背景について、「こうした問題の原因には、社会に深く根づく深刻な性格差のパターンや性教育の不在、性暴力に対する認識の欠如などが一部にある」と指摘している(https://www.hrw.org/ja/news/2018/11/01/323801 )。

*5:もちろんこうした事態は対岸の火事というのではない。「1999 年の手引き以降、文部科学省性教育を体系的に示していないばかりか、学習指導要領においても性教育という言葉は一切使用していない」日本は、「韓国、台湾、中国という東アジアの国々からも大きく立ち後れている」という2014年時点での指摘は記憶されねばならない(以上、田代美江子「東アジアにおける性教育の制度的基盤 韓国・台湾・中国と日本」『現代性教育ジャーナル』No.36(2014年3月15日発行)https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/kyoiku_journal2014.html )。