思想・哲学

不朽であることを望まなかった魯迅の文章が、今もなお読み継がれることの不幸(大意) -片山智行『魯迅』について-

片山智行『魯迅』(中公新書)を読んだ。 キーワードは、「馬々虎々」。 本書の内容紹介を引用すれば、「欺瞞を含む人間的な『いい加減さ』」)のことであり、「支配者によって利用され、旧社会の支配体制を支えていた」もののことである。 本書は、魯迅を「馬…

「進化しちゃえば大丈夫だよ」から、「僕は新世界の神になる」になるまで。 -嘉戸一将『北一輝 国家と進化』を読む-

『北一輝 国家と進化』を読む。 面白いし、勉強になる所も多かった。*1 外部的な要因(社会的変化等)から彼の主著を読むのではなく、あくまで北の内在的な思想の地点に踏みとどまって読解している。 その結果、彼自身は、(よく言われていたような)思想的…

かつてハマスも支援していたイスラエルさん についての基礎知識、的な何か -早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ』を読む-

早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ』を改めて読んだ。 立場はどうあれ、イスラエルとパレスチナに関心のある人は、読んでおくべき本である。*1 主に、ユダヤ系の知識人たちが、「イスラエル」にどのように向き合ったのか、という内容である。ユダヤとイ…

これは、縛られることのない、「我慢しない」生き方への実践書である。 -田中美津『かけがえのない私、大したことのない私』-

田中美津『かけがえのない私、大したことのない私』を読んだ。 これは、縛られることのない、「我慢しない」生き方への実践書に他ならない。(いや、違うかもしれないが。)かけがえのない、大したことのない私作者: 田中美津出版社/メーカー: インパクト出…

マナーは思いやりではなくて、単なる他者との共存のすべである、という話。 -野矢茂樹編『子どもの難問』を読んで-

野矢茂樹編『子どもの難問』を読んだ。 幾人もの日本を代表する哲学者たちが、「子どもの難問」に、こたえていく内容。 一つの問いあたり、二人の哲学者が担当しており、その対比も見どころ。 じつは、最大の読みどころは、巻末に載っている哲学者たちの出身…

マイノリティが切り開いた自由と平等の両立 -ついでに政治への無関心と憤りについて- 福田歓一『近代民主主義とその展望』を読んで

福田歓一『近代民主主義とその展望』を読む。 確かに、繰り返し読みたくなる名著。 近代の民主主義を押さえる上での基本文献の一つ。 興味深いと思ったところを。 近代民主主義の起源と、自由と平等の関係について。 二つは背反していると思われがちだが、必…

「ソシアル」をちゃんと知っていた福田徳三(当たり前だが) -市野川容孝『社会』を読んで-

市野川容孝『社会』を読む。 「ナチの優生政策と安楽死計画を、ドイツの一精神科医として批判的に検証してきたK.ドゥルナー」は、その計画にあたった人びとの背後にあった心性を、「死に至る憐れみ」と表現する。 「何て可哀相な人」 「何て気の毒な人」 「…

社会主義は容認し、民主主義は容認しなかった、「国体」

■ドイツ社民党の国民政党への道■ ドイツ社民党の場合、階級政党から国民政党への方向転換は、1959年のゴーテスベルク綱領で決定的となった。無論、この方針転換をめぐって、その後、党内では議論(たとえば青年組織であるJUSOからの批判)が繰り返され、…

『純粋理性批判』が読みにくい理由

■『純粋理性批判』が読みにくい理由■ 彼はみずからラテン語をドイツ語に翻訳しながら執筆を続けていた。そのさい、構文もずいぶんラテン語ふうになっていて、そのままドイツ語で読むと奇異なところもあるようです。 例えば、ラテン語は文章の区切りがはっき…

自分が大事だったモンテーニュ

■スタンダールェ...■スタンダールも『イタリア絵画史』と『イタリア画派』で、アモレッティ、ボッシ、ヴェントゥーリ、ビニョッティなど「誰彼カマワズ」大量に剽窃している […] 『ローマ、ナポリ、フィレンツェ』はどうか? この本の著者を賞賛する記事が『…

なるほど、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)って、とても大切なんですね、分かります -山内志朗『畳長さ”が大切です』-

山内志朗『畳長さ”が大切です』を読む。 「冗長さ」(本書では「畳長性」と表記)をポジティブに論じる。 なお、以下の文章自体が、本書の「冗長さ」(本書では「畳長さ」と表記)を削り取って出来ていることは、一切気にしてはならないw 「冗長記号」(本…

サルコジ(当時,大統領候補)より労働者に優しくないニッポンの政治 orz -あと、「いい加減、供託金自体廃止しろよ」な件-

薬師院仁志『民主主義という錯覚』を再び読む。 J・S・ミルは、「知性の度合いが低い」人間が投票する危険を排除するため、普通選挙のために「試験」を実施すべきと提案した。 衆愚政治を嫌ったためだ。 現代からすると、奇異に思う人もいるかもしれないの…

究極的な民主主義は、確かに"くじ引き"だ -英米的な所有権優先主義 VS ルソー的"みんな"による法治国家主義-

薬師院仁志『民主主義という錯覚』を読む。 タイトルを実際の内容に即して付け直すと、『日本人が誤解している「民主主義」のあれこれ』見たいな感じかな。 正直言うと、米国はともかく、英国の政治に対する考察が不足しているため、いまいち内容がまとまっ…

「彼らの労働を肯定できずに、誰の労働を肯定せよというのか」、あるいは「迷惑上手」のススメ -大熊一夫『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を読んで- (追記あり)

大熊一夫『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を読む。 かの悪名高い、宇都宮病院、大和川病院の話も出てくる。 日本の精神病棟は、九割が私立。 23頁の箇所を引用すると、 先進国のほぼすべてが一九八〇年以降、精神科病床を急激に減らして、精神病…

問題:「海徳格爾」って誰のことでしょうか? -王前『中国が読んだ現代思想』を少しだけ読む-

王前『中国が読んだ現代思想』を読む。 中国語では、ハイデッガーのDaseinの訳語は、「親在」らしい(熊偉による訳語)。 「親」は、身をもって、自ら、親愛などの意味で使われるため、ハイデッガーの言う、「情態性」の意味と一致していると言う(52頁)…

「ことだま でしょうか いいえ、誰でも」前編 -結局、「言霊信仰」って言いたいだけだろw な話-

"言霊信仰"ってのが、この世界にはあるそうで。 で、人によっては、日本人はずっと昔からこれに囚われてるんだ云々、といってる人もいるらしい。 実際どうなのよ。 ためしに「井沢説にみる日本人に独特の"宗教感情"」という記事を見てみようかな。 以下、引…

「友軍砲火」、あるいは官僚答弁的な戦争のレトリック -あと、議論の作法について少し-

ロバート・J・グーラー『論理で人をだます法』を読む。あの山形浩生訳。 レトリック本の網羅版といった印象。 気になった所をとりあえず二つだけ。 60頁。軍のスポークスマンの声明が、事例として出ている。 「昨晩、第43大隊は一連の防衛的行動を実施…

『プロポ』のアラン、その母と母論  -アランと両親に関して-

先にも述べたように、アランは愛の原形を母子の関係に求めました。母親にとっては生まれてきた子供は選択の余地がないものです。どの母親も、「この子はかわいくないから愛さない」などといいませんし、「ほかの子と取り替えよう」などといいません。子供が…

弱者と貨幣とエリック・ホーファーと -再び『エリック・ホーファー自伝』に向けて-

エリックは言った。 「弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりもはるかに強いエネルギーを放出する。明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。弱者の影響力に腐敗や退廃をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・…

エリック、君に言っておきたいことがあるんだ -『エリック・ホーファー自伝』に向けて-

その米国人が保守主義者であるか否かを見分ける単純な方法。 それは、フランクリン・ルーズベルトに対する評価だろう。 「ローズヴェルトが大統領になる前のアメリカは、自己憐憫とはまったく無縁だった」 こう書くエリック・ホーファーは、紛れもない保守主…

ランシエールと、「分け前」の政治 /入不二基義『足の裏に影はあるか?ないか?』(3)

著者・入不二氏の「政治」論と、ジャック・ランシエールの「政治」論と比較してみましょう。その前にまず、ランシエールの政治観の紹介を。 まず、ランシエールの「政治」観とは、どんなものか。かいつまむと、「俺たちにだって、権利がある、分け前をよこせ…

「公共空間」における本音と建前 の問題 /入不二基義『足の裏に影はあるか?ないか?』(2)

(引用者注:「異者」もまた) 自分は「異者」ではなく「公共空間に住まう同じ者」であって、「排除」される理由など何もないのだ、と市民社会的で安全な言葉で語らなければならない。だからこそ、たとえば「神聖な場を大切にする(べきだ)」という点につい…

「神学」的なプロレス? と ニヒリズムという【意味という病】 /入不二基義『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』

著者の方法論じたいは、あまりにも単純です。その応用がしかし、鮮やかなわけで。難しくは無いはず、なのに、立ち止まって考えてしまう。難しくないし、おおよそ、結論は見えていることなのに。今回は見所、というか、面白いと思えたところを幾つか。 プロレ…

「孝」による側室制度の正当化は現代でも可能か? 【短評】

古田博司『東アジアの思想風景』によると、「白居易は、家では妓女をたくわえて遊んでいた」らしい(41頁)。農民の貧困や王朝の腐敗を絶句に託して政治批判をする一方、このようなことも行っていたようです。あらま。同じ振る舞いは、かの王献之も同じで…

「快楽による堕落」というイメージ、及び「労働」における苦痛 番外編4(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)

藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』(4)へよせて 「快楽による堕落」というイメージについては、安楽への全体主義の後継としての【動物化】の議論にも同じことが言えるかもしれません。 『受動的な健忘』様は、次のように述べています。それでもオ…

【「安楽」への全体主義】と【時間をかけること】 番外編3(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)

藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』(4)へ寄せて 藤田省三はデルス・ウザーラについて、「マルクス主義のバランスシート」で言及しています。 デルス・ウザーラとは、20世紀初頭のシベリアに生きた漁師で、ロシアのシベリア探検隊の案内を引き受…

日本国憲法と【納税の義務】 番外編2(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)

番外編1(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)へ寄せて 「税金を納める」という義務を権利と見誤った人の割合が42.2パーセントにも達しているのである。これは義務意識の浸透を表しているのではなく、憲法上の権利と義務の分別という、公の基本…

政府(ガバメント)と国民国家(ネーション・ステート)の混同 番外編1(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)

藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』(1)へ寄せて■宮崎の主張に対する再検討■ 絶賛した後ですが、宮崎哲弥の2000年の「世界価値観調査」を用いた主張を、検討します。その主張とは、「過度の国家依存に傾(かし)いだパラサイト・ナショナリズム…

【「安楽」への全体主義】のなかの苦痛 藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』(4)

■【「安楽」への全体主義】と労働■ 【「安楽」への全体主義】と労働の関係について、最後に書いておきたいと思います。 藤田省三は、1982年の文章で、次のように書いています(『緩々亭の日記』様より孫引き)。一人一人が皆んな働き過ぎる程働き、運動…

「転用」の問題 藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』(3)

■「転用」について■ 藤田は、「偶然にくる或る不幸」を引き受けるという姿勢に言及した後、マルクスがいた時代のことを語ります。彼がいた当時の、「失業者の社会的不幸」を放っておけない感覚について語るのです。また、「現代でいえば、地球上にそれと似た…