小説論≒物語論 蓮實重彦『文学批判序説』(2)

 物語を人が語るのではない。物語が人に語らせる。人はこのとき、客体であり、間違っても主体などではない。人はそこから逃れられない。だから物語に従順に振舞いながら、その関係の「あやうさ」を現出して見せること。中上健次後藤明生は、そんな物語自体を模倣しようとする「倒錯的」な方法を試みた。
 では、ほかの作家はどうでしょうか。「物語」の視点からみて、古井由吉はどうでしょうか。「翳る鏡の背信 古井由吉の『水』をめぐって」の章は次のようにいいます。古井の作品に出てくるのは、「死」を迎える、といういかにも「物語」的出来事ではなく、「死からはいつも拒絶され、死と歩みをともにしえない無力感」ばかりだ。死は、「「物語」のあいまいな間接性しか持たず」、「恐ろしいほど遠くのできごととしてある」のに、「不実な「鏡」の反映によって」「近さの錯覚を呼びさます」。
 古井作品でも、「死」という物語的存在は、遠い距離をもった存在のまま、しかし、それと離れつくすこともできません。古井は物語に対して、あいまいで不安定な距離をおき続けることで、応対します。
 宮川淳はどうでしょうか。『宮川淳著作集』への書評で著者は、「ブリコラージュ」や「引用」という「全体化(分析と総合)」を拒絶した「断片」の、「荒唐無稽な複数性の戯れ」を肯定する姿を評価しています。しかしその一方、詩や絵画を論じたのに、小説や映画は論じなかった点も、指摘します。著者は、「小説や映画」の潜む「物語」の不純さに、宮川はついて行けなかったのではないか、といいます。
 中村光夫はどうか。中村光夫『ある愛』への書評の中で著者は、彼の小説がいかにも批評家の小説だとでも言うような批判がされるのに対して、「小説らしい小説がもっともらしく書かれ、また読まれ続けている風土としての日本文学を、鋭く批判した」と言ってのけます。巷の「小説」のいかにもという感じの「日本文学」への収まり具合をこそ、中村は批判しているのだ、と。もっともらしさこそ、「物語」そのものです。
 物語は「説得」します。なぜか、物語とは、「絶対」的なものではなく、「相対」的な言葉を媒介として行き渡るものだからです。「小林秀雄本居宣長』 方法としての嫉妬」の章は、六〇〇頁を通してひたすら宣長について「説得」し続ける小林秀雄を批判しています。著者は、小林の使う修辞に目を配って、「相対」と「絶対」の対比を主旋律として、ポール・ド・マン的(?)批判を加えます。
 「絶対」的なものなら説得などせずともよいはず、なのに、修辞的技巧(「宣長といふ謎めいた人」、「伝説の肉体」)や否定的な媒介者(宣長のことを「誤解」する人々)を持ち出して、読者を説得にかかるのは、小林の言う内容がどこまでいっても、「相対」的に過ぎないからだ。この、書かなくてもよいことを書いてしまった小林秀雄は、「説得」をすることで、「物語」を語ってしまったのです。
 吉本隆明の著作二篇への批評では、「媒介」と「無媒介」という、「相対」と「絶対」とをキイワードに、惜しいところまでいったのに、ドゥルーズに追い越され、「批評」に追い越される吉本の後一歩の様子が描かれています。

(続く)