CIAの現実とアメリカの外国語音痴 落合浩太郎『CIA 失敗の研究』(2)

 本著は、上記のような問題を生んだのは、CIAだけではないといいます。議会や「諜産複合体」のロビー活動、共和・民主の両政党、政府、マスコミ、罪無きものはいない状態だ、と述べられます。諜報活動へ比較的消極的だった民主党は、特にクリントン政権が、その弱腰な諜報政策を批判されています。しかし一方、共和党レーガンや、ブッシュ(父))にも批判の手を緩めません。ブッシュ(小)も、最初はアルカイダには消極的だった、と批判的姿勢を崩していません。この偏りのなさは、大変に貴重なものです。
 ちなみに、このCIA(をはじめとする米国諜報機関)の改善案として、著者は例えば、インテリジェンス・コミュニティーの長官を、FRBのような方式で、6年任期その間、原則罷免不可とするアイデアに言及しています(あくまで言及しているだけですが)。政治的にこの機関が利用されていた歴史を振り返れば、むべなるかな、と思います。
 著者は幾つか改善案を出していますが、まず手っ取り早そうなのは、「予算の総額の公表」です。これは、フランスもイギリスもオランダもやっている(222頁)そうです。(注1)なお、2005年以降、「国家情報長官」という、連邦政府の15の情報機関を統括する役職が新設されましたが、指揮権は不明瞭で、相変わらず情報機関同士は縄張り意識が強いのが現状のようです。

 ほかに、面白い情報として、例えば著者は、スパイ行為の現実について述べています。
 第二次大戦当時から、アメリカの諜報機関の最大の手柄は、「日本とドイツの暗号を解読したこと」であって、スパイ行為などの「人的諜報はそれほど大きな役割を果たしていなかった」(30頁)というのです。冷戦期、朝鮮戦争キューバ危機、ベトナム戦争イラン革命、これらいずれも、人的諜報はアメリカの政策を劇的には変えなかった、と。
 もちろん、テロの脅威が喧伝される現今では、人的諜報の重要性は高まってはいる(36頁)、と述べてもいるのですが、少なくとも第二次大戦以降において、スパイ行為がそんなに大きな役割を果たしていなかった、というのは、驚きです。
 エシュロンについても、エシュロンも万能ではなく、対象は通信衛星を経由した国際通信が中心であり、「国内の有線・無線通信は傍受できない」(42頁)とのこと。素人には意外な驚きです。ネットでは諸説飛び交っているようですが、諜報機関の現実を考えると、少なくとも2005年時点では、「国内の有線・無線通信は傍受できない」と考えたほうがいいと思われます。
 また、道徳的に問題のある人間もスパイとして使うことは正しいか、という難題について、興味深い回答も書いてあります。要は、「司法取引」と大きな違いはない(81頁)、だから問題ない、という理屈です。是非はともかく、なかなか良くできたレトリックじゃありませんか。
 CIAとFBIの対立なんかにも触れています。CIAは犯罪者を利用してでも情報を手に入れ、テロを防ぎたい。一方、FBIは多くでも犯罪者を摘発したい。この使命の違いが対立を生むわけで(110頁)、これはソ連でもイギリスでも同じだそうです。

 最後に、本書は2005年の本ですので、現段階でのCIAの様子について、ウェブの記事を少し探してみましょう。
 CIAの外国語音痴はどうなったのでしょうか。『百尺竿頭』様によると、「現在中央情報局はアジア系の少数民族の人材に目線を注ぎ、中国語、広東語、ベトナム語アラビア語などを含む異文化を持っている人材を大量に募集している」とのこと。外国語音痴を改善しようという意思はあるようです。うまくいくかどうかは、わかりませんが。
 昔、『てのひら屋スクラップ帳【渠道】』様の記事にもあるように、合衆国は「国家安全保障語学構想」を提唱していました。

米大統領、対テロ戦勝利に向け語学力強化
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060106AT2M0600T06012006.html
 ブッシュ米大統領は5日、テロとの戦いに勝利するには米国民の外国語能力を向上させることが急務だとして、幼稚園からアラビア語や中国語などの教育に力を入れる「国家安全保障語学構想」の導入を発表した。
 大統領は、国土防衛と自由拡大のためには兵士や情報機関の工作員、外交官らが派遣先の国の言葉や文化を理解することが重要だと説明。2007会計年度分として1億1400万ドル(約132億円)の予算を議会に要求すると表明した。
 構想には国務、国防、教育の各省と情報機関が参加。アラビア語、中国語、ロシア語、ヒンディー語ペルシャ語中央アジア諸国の言語を「重要外国語」と位置づけ、語学クラスや留学制度の拡充、教師の育成などを行う計画だ。
 国務省当局者によると、現在、これらの言語を学んでいる米国の高校生は2%未満にすぎない。構想では09年までに2000人の上級者を養成することを目標にしている。(ワシントン支局) (11:46)
(NIKKEI NET 2006年1月6日)

 ブッシュ(小)時代(「小」といっても人間の器のことではありません)、兵士や情報機関の工作員、外交官に対する、派遣先の言語の教育強化が提唱されていたのです。まあ、幼稚園からの外国語教育はどうかと思いますが。その構想に伴って、大統領は「2007会計年度分として1億1400万ドル(約132億円)の予算を議会に要求した」んだそうですが、果たしてうまくいったかどうかは未確認です。少なくとも、「国家安全保障語学構想」の延長線上に、現在のCIAの外国語教育強化があるのは間違いないと思われます。

(了)

(注1) 共同通信(2009/09/16)(『47NEWS』様)によると、

米情報機関、活動に年7兆円支出 北朝鮮、中国が安保の課題/【ワシントン共同】米中央情報局(CIA)など16の情報機関を統括するブレア国家情報長官は15日、今後4年間の情報機関の指針を示す「国家情報戦略」を発表した。長官は電話での記者会見で、米情報機関の活動費として年間約750億ドル(約7兆円)が支出されていることを明らかにした。

という。で、各機関の予算は、公表されたのでしょうか。