本当の湾岸戦争の教訓、及び日本の対イスラエル政策 豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』(3)

■【敵の敵は味方】という論理が招いた、【悪の枢軸】の存在■

 レーガン政権は、イラクがイランに対してばかりではなく、国内のクルド人に対しても化学兵器を使用しているという確かな情報をつかんでいたのである。(中略)しかしレーガン政権は、(中略)イランの「敵」であるイラクを援助するという基本路線を継続し、制裁に反対するという結論に至ったのである。 (148頁)

 レーガン政権は、イラクの非人道的な行為を知っていながら、【敵の敵は味方】という論理によって、引き続きイラクフセイン政権を支援したのです。よく知られているように、【悪の枢軸】の一国であったイラクフセイン政権を支援してきたのは、ほかならぬアメリカ合衆国です。
 認識しておくべきは、このような【敵の敵は味方】という論理をアメリカが安易に用いた結果、フセイン政権が生き残り、さらには武器輸出を含む支援によって増強してしまったという点です。

■真の湾岸戦争の教訓:真の平和のために■

 日本が恥じ入る必要があるとすれば、それは「カネ」の貢献しかできなかったといった皮相な問題では全くなく、イラクへの最大のODA(政府開発援助)供与国として、そのODA資金がフセインの兵器輸入に悪用された可能性がある、という一点においてである。 (154頁)

湾岸戦争について、日本は金しか出さず、兵士を送ることをしなかったから、どの国からも【感謝】されなかった云々という批判が、日本国内で起こりました。おそらく、冷戦後の保守的な論客の多くに共通する認識だと思われます。(注1)
 しかし、よく考えれば多国籍軍の主要各国こそ、当の【敵】であったフセイン政権を、過去に武器輸出を含め支援していたのです。ある意味では、自分で焚き火に油を注いでおいて、その後ですぐ消火を試みようとする粗忽者とおなじです(マッチポンプとはまさにこのことです)。
 このような主要国に、兵士を戦場へ送ることで感謝されようというのは、いかがなものでしょうか。むしろ、「イラクへの最大のODA(政府開発援助)供与国として、そのODA資金がフセインの兵器輸入に悪用された可能性」を考え、二度と、このようなことが起こらないよう努力を払うことこそ、必要なはずです。
 著者は、紛争地域への兵器輸出を規制する国際的枠組みを作る資格が日本にはあり、日本はこのような国際的枠組みを作るべきである、と述べています。こういう働きかけこそ、【平和主義】を掲げている憲法を持つ国のすべきことでしょう。(注2)

イスラエルによるアメリカのこうむる不利益■

 彼らは、問題の「テロとの戦い」に関して、「パレスチナテロリズムは、むやみやたらにイスラエルや西側諸国に暴力を行使しているのではなく、その大部分はヨルダン川西岸やガザ地区を植民地化するためのイスラエルによる長期にわたる作戦に対抗するため」なのであり、従って、テロ組織はイスラエルには脅威であっても、米国にとっては脅威ではない、と指摘する。 (194頁)

 ジョン・J・ミアシャイマーとスティーヴン・M・ウォルトの共著論文『イスラエル・ロビー』を参照して、このように述べられています。アメリカは、自身の不利益も省みずイスラエルに献身的な政策を行っているが、これは米国内でのイスラエル・ロビーの活動によるものである、というのがこの論文の乱暴な要旨です(この論文は既に邦訳書籍化されています)。
 彼らによると、パレスチナテロリズム」は、イスラエルの植民化とそのための作戦への対抗であって、その脅威はアメリカには本来は関係しない、というわけです。アメリカはそのような自国の不利益にもかかわらずイスラエルに協力をしていることになります。

■日本のすべき対イスラエル政策■

 イスラエルの核問題に切り込むことによって核不拡散の方向性を提示していくことこそ、(中略)日本が、中東地域で果たすことのできる重要な「国際貢献」のはずなのである。 (198頁)

 事実上の核保有国家であるイスラエル。この国に対して、日本ができる外交的政策はなんでしょうか。それは、親イスラエル的な国民が多いアメリカや、過去のユダヤ人迫害で負い目のあるヨーロッパ、パレスチナ問題等で対立を起こしやすいアラブ諸国と違い、比較的イスラエルと客観的な付き合いの可能である日本の国際的地位を生かすことです。
 すなわち、イスラエルの事実上の核保有にコミットすることで、従来のイスラエルの核に対する【特別扱い】をやめることです。例えば、イスラエルにもまた、NPT(核拡散防止条約)への加盟を働きかけることで、NPTに未加盟のインドやパキスタン北朝鮮等の核保有国、イランなどの保有疑惑国に対して、説得力ある働きかけを行うことができます。これにより、これまでの未加盟の核保有国の反論、「イスラエルだけ特別扱いするな」という反論に対抗できるようになります。

天皇制肯定者こそマッカーサーに感謝せよ■

 天皇制を支持する立場にたつならば、マッカーサーに心からの感謝を捧げこそすれ、非難する根拠は皆無なのである。 (224−5頁)

 著者曰く、極東委員会という天皇制に批判的な国々で多く構成された委員会が憲法を作る前に、マッカーサー憲法作成を急いだ。もしこの委員会が憲法を作ったら、天皇制は廃止、少なくとも今より権限は縮小していただろう、と著者は言っています(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』等を参照)。
 
 (注1) 本件については、半田滋『「戦地」派遣 変わる自衛隊』に、「米国へは一兆円をはるかに超える実に84・8%を供与し、クウェートへは約6億円だけで、わずか0・05%しか渡っていない。クウェート政府による感謝の広告に日本の名前がないのもうなずける。」という一文が掲載されているそうです(「「湾岸戦争のトラウマ」の真実!? (一主婦が日本の安全保障について考える その3)」『クマのプーさん ブログ』より孫引)。

(注2) 紛争地域への兵器輸出を規制することについては、軍事について詳しい一般人の方も、賛同されている模様です(「武器輸出三原則についてのよくある誤解」(『リアリズムと防衛を学ぶ』様))。
 「紛争当事国や非政府組織に軽火器(小銃、軽機関銃など)を売る」ことは、「日本は紛争の可能性を高めているとして批判されてもしかたがないでしょう。前述したように日本の人件費でこれを行うのはほとんど不可能だと思いますが」と述べています。日本が兵器輸出大国になれないのは、「日本は人件費が高く、低価格兵器では中国製やロシア製に(恐らくほぼ確実に)対抗できないから」だそうです。
 (この点については、「完全なる買い手市場 & 過当競争と化している現在の兵器輸出市場で、日本が新規参入してどれだけやっていけるのかというと、いささか疑問に思える」という井上孝司「武器輸出三原則の見直しに関する疑問 (前編) 」(『Kojii.net』様)もご参照ください)。
 ただし、「売り先が平和を愛する現状維持国で、平和のための抑止力として使ってもらえば、誰も死なないために役立つこともあるでしょう。」というふうに、部分的に容認はしています。ここの所は、その是非と程度について議論が必要と思われます。例えば、どこの国が「平和を愛する現状維持国」なのか、という基準についてです。
 なお、おなじブログの「北朝鮮のミサイルから日本を守る5つの方法」では、核シェルターの有効性について書かれています。