「正社員」というレール、中小(零細)企業という路傍 濱口桂一郎『新しい労働社会』(2)

■本書のおさらい。「正社員とその家族」というレール■
 第2章について触れる前に、あらかじめ本書の肝について、おさらいをしましょう。
 本書が指摘する日本の雇用制度は、次のようにまとめられます。
 日本では、特定の職務に規定されない、組織のメンバーとして長期雇用されます。?長期雇用制度、?年功賃金制度、?企業別組合。以上の三つは、この雇用制度から必然的に導き出されます。特定の職務が存在しない分、給与は「残業、転勤、配置換えなどを厭わない会社への「忠誠心」「やる気」が評価され、勤続年数がそうした忠誠心の指標になるから、結局、年齢という尺度で賃金が上昇していく」(「濱口桂一郎『新しい労働社会』(1)」『charisの美学日誌』様)。(注1)
 この制度の問題点は、【正社員と専業主婦】というレールに乗った人は手厚く保護を受けるが、そのレールにまだ乗れていない人、乗れなかった人は、保護が手薄くなることです。「主婦と学生のアルバイトをモデルとした「非正規労働」には低賃金を押し付けるという構造が、昔は大いに合理的であった」(同上)。本書は、この制度がもはや現実に適合していない点を問題視しています。
 以上の枠組み自体は、「拙著の序章で示している認識枠組みは、労働研究者の中ではごく普通に共有されているものの一種であって、たかが10年前に池田氏が博士論文を書いて始めて提示したようなものではありません。」と述べられています(「池田信夫氏の「書評」」『EU労働法政策雑記帳』様))。専門家と非専門家との間の認識のギャップ、といえるでしょう。新書というものが、二つの存在の架け橋であることを、改めて思い知らされました。

中小零細企業という路傍■
 ただし、この日本的な雇用システム(モデル)はあくまでも、大企業の話です。「小さな会社の正規労働者では非正規労働者とあまり変わらなくなるのである。ということで、日本型雇用システムの特徴が成立する正社員の数はある意味では500万人から700万人にしか適用されない恵まれた少数例に過ぎないといえる。その10倍以上の労働者は日本型雇用システムとは縁のない労働環境にある。 」と、「書評 「新しい労働社会」」(『千田孝之のホームページ』様)という記事は指摘しています。
 本書において、中小企業の正社員は、どう位置づけにあるのか。この位置づけは、難しいところかもしれません。ただ、中小の中でも零細企業の正社員たちは、レールに乗れなかった存在、と位置づけるべきでしょう。
 著者は、大企業と中小(零細)企業との差異について、次のように言及しています。解雇の容易化=雇用流動化で日本はよくなる、という主張に対しての著者の反論です。「この手の議論は、(自分がいた)大企業を日本社会のすべてだと思いこんで、中小零細企業の実態が頭から欠落しているところに特徴があります。」と指摘し、「解雇規制をなくせばブラック企業が淘汰されるどころか、現実に限りなく解雇自由に近い状態が(労働者保護面における)ブラック企業をのさばらせている面もあります。」と警告しています(「クビ代1万円也」『EU労働法政策雑記帳』様)。ここから著者は、第2章でもふれることになる「解雇の金銭解決問題」にも言及していますが、この問題については、次回にしましょう。
 ともあれ、本書は、「正社員/非正社員」という構図だけでなく、「大企業/中小企業/零細企業」という構図からも、読み解かれるべき書物なのです。

(続く)


(注1) 前回(1)として書いた内容は、本書の想定の範囲内であったわけです。自身の未熟さを思い知らされます。


(追記) 大企業の社員と中小企業の社員との賃金の格差については、「1. 中小企業の賃金水準の実態について」(『2009年版 中小企業白書』内)をご参照ください。