農業は、自由化すればいいってもんじゃない -農業に見る制度設計と規制の難しさ- 神門善久『さよならニッポン農業』

 今回も書評代わりに、はてブのコメント風に、読んだ本の感想を書いてみたいと思います。
 今回は、神門善久『さよならニッポン農業』(2010年)から、特に気に入った箇所を抜き出して、コメントしてみました。

(以下、冒頭に""付けされた箇所は、本文からの引用。「…」の箇所は、本文の省略。矢印「→」からは右は、その本文に対するブログ主のコメントです。)


■農業は、自由化すればいいってもんじゃない■

"農地売買がますます自由化されれば、産廃業者や不動産業者が農地を買いやすくなる" →自由化すれば解決という話ではない件。農地目的で使わない者には利用させない規制が必要だが、規制のかけ方が難しい、と著者
(p39)

補足?:公益のために、土地利用を制限するのは欧米では常識であり、自分の財産でも自由気ままには使えない、と著者はいう。日本の場合、土地所有への考え方自体に本件の原因が隠れていて、問題は根深い。


■インセンティブを考えた設計(規制)を■

"日本の農地の少なくとも六分の一は土地持ち非農家…不在地主""農家の子弟ならば自動的に農地の所有権を継承…優良農地の相続税はきわめて軽課" →農業やる気のない奴が優遇される日本の制度。
(p99)

補足:日本の農業は、新参者には壁が高いようになってます(p171)。


■土地の売り手と書い手のギャップが農業参入を阻む■

"農業に熱心な人ほど、長期にわたる安定的な農地利用を求め""しかし、貸す側は転用…時に迅速に農地を取り戻したい…地力投資に熱心な人を敬遠" →農業の時間と手間がかかる特性とが招くギャップ。規制が必要な根拠
(p106,107)

補足:農業には土地が必要だけど、土地を必要とする産業・利用法は、農業だけじゃない。ここが重要です。飛び地のように農地があるのは、非常に非効率なのですから、ここの所、見直す必要があります。
 ちなみに、農林水産省の1992年の資料によると、効率的に経営して、15ヘクタール程度に土地を集積させればコスト半減可能とあるそうな(p108)。日本農業の"健全化"のためにも、やはり集積化は欠かせません。


■日本の農業技術が、実は停滞しているらしい■

"減反政策…生産性の高い農家も…減反を強いられる"""半年前に開発されたコシヒカリが未だに重宝がられている" →インセンティブを考慮せぬ減反政策/日本の稲作技術、実は停滞しているのね。
(p76,77)

■先進国、実は農産物作りすぎだった■

"欧米の場合、政府の保護を受けて、農業は成長" →日本以外の先進国は穀物の純輸出増やしてるから。制度が適切な場合には、こうなる。本当に日本の農業、不振状態なんですね。orz
(p123)
"補助金付き…先進国産の農産物が流入…途上国の農業生産は大打撃店食糧事情がますます悪化" →先進国の農業への補助金が途上国農業最大の敵。だからWTOも、補助金は農産物の増産をもたらさない形に、と警告している
(p134)

■先進国の"空気"を読まない日本の農業(?)■

"戸別所得補償…途上国に対する配慮に欠いた行為" →"戸別補償"は農産物の最低価格保証にあたるので、ドーハ・ラウンド交渉での合意に反している可能性大/農業での先進国による"ダンピング"は禁止です。
(p154,5)

補足:要は、先進国が補助金で大量に農作物作りすぎて、その余った分を発展途上国に安く売って、結果途上国の農業崩壊、という悪夢だったのです。日本のやろうとしていることはその悪夢の再現になる可能性があります。


■どういう規制ならいいのか■

"利用規定さえ守っていれば、誰が農地を使ってもよいとする" →著者は、厳しい規約が必要という。栽培してよい作物、使っていい肥料や農薬、作業していい時間、共用用水路への掃除への参加義務、など。
(p170)

補足:「利用規定」と簡単に書いてありますが、その内実は結構厳しい。まず農業用地がどれだけ必要かを決め、しかる後に、各々の土地の利用規定を定める必要があります。
 しかし162頁によると、そもそもまず農地がそこにどれだけあり所有者が誰で誰が耕作者かさえ、わからないらしいです。まず大規模な"検地"が必要だ、と著者は主張しています。

"厳密な土地利用規制…ルールに合致した生活習慣を身に付けているのは…特定の所得水準の人に限られる可能性…公民権侵害にもあたらない" →米国アサートンでの事例。厳格な規約で門戸を開くが"差別的"でもあるな
(p173)

補足:この場合のルールとは、具体的には、駐車場スペースの確保から、芝を枯らしてはならないという義務、建物の形状、ペンキの色彩などなど。
 この方法なら、確かに"誰にも"門戸を開いているけど、でも、こんなルール守れるの恵まれた人だけのような気もします。著者はこの難点をきちんと踏まえつつ、この方法の応用を農業に求めています。


■忘れちゃいけない、農業から撤退する人の存在■

"農業から他産業へ撤退する場合の職業訓練を…準備した上で新規就農を促さなくては" →スムーズな"撤退"の道筋準備は必須。転職資金が残るような工夫が必要。パイロットファームの教訓/これ、忘れられがち
(p189,190)

補足:しかし日本では、そもそも職業訓練自体が尊重されていない、という悲劇的状況なのです。


(まとめ)
 農業というのは、単純に自由化すればそれでいい、というわけでもないのですね。重要な点は、

農業用地を、農地目的で使わない者には利用させない規制が必要になります。そして規制を守る限り誰にでも、農業に参入できる形態が望ましいです。
・前提としては、?農地がそこにどれだけあり、所有者が誰で誰が耕作者かをチェックする、大規模な"検地"をする、?その上で、農業用地がどれだけ必要かを決める、?各々の土地の利用規定を定める、といった手順を踏むことが必要になります。
農業から他産業へ撤退する場合の職業訓練は、必須です。著者は新規参入者にターゲットを置いているようなのですが、こちらとしては、現在の兼業農家を含め、国民皆に機会が与えられることが望ましいと考えます。

(終)