よし、Do You Know The Way To San Jose を日本の国歌にしようぜ、というような話(ではない)。 -増田聡『聴衆をつくる』を読む-

 増田聡『聴衆をつくる』を読んだ。
 ぜひ手に取って読んでいただきたい。

 さいきん、増田先生で話題になったことと言えば、戦略的な「パクリレポート課題」*1の話題か。

 とりあえず、特に面白かった箇所だけ

聴衆をつくる―音楽批評の解体文法

聴衆をつくる―音楽批評の解体文法

  • 作者:増田 聡
  • 発売日: 2006/07/01
  • メディア: 単行本

音楽批評と形容詞

 形容詞はすぐさまコード化され、言葉を制度的な意味空間の中に閉じ込めようとする。 (15頁)

 ロラン・バルトが参照されている。
 音楽は、荒々しい、いかめしい、悲しげな、などの形容詞を介して言語と出会う。
 音楽の価値を、即自的、万人にとっての価値であるかのように話す言説である。
 だが、それは「愛」ではないのだ、と著者は言う。
 「愛」は、そうやすやすと他人に理解されるはずもない。

 音楽批評から形容詞や隠喩を取り除いたとき、本当の「愛」が試される。*2

「Jポップ」成立以前の音楽のくくり

 その概念成立前の八〇年代当時は「歌謡曲」と呼ばれ、ニューミュージックやロックなどと異なるジャンルにカテゴライズされていた沢田研二ピンク・レディーの音楽 (60頁)

 「Jポップ」という概念が成立する前、90年代半ばごろの状況である。
 ニューミュージックってユーミンとかのことである。
 
 Wikipedia先生は、、「1978年の国民的番組『NHK紅白歌合戦』では「ニューミュージック・コーナー」というあたかも隔離された一つのコーナー」があったことを伝えている。

「音階」なんて、聴いてないよ

 佐藤は明治以降の西洋音楽の導入史を踏まえつつ、戦後の歌謡曲において「土俗的」に響いた長二度上がり(「ソ - ラ」)のエンディングが、同時期のアメリカのポップスでは逆に、黒人音楽の影響下で「かっこいい」響きとして先端的なコノテーションを持っていた事実を指摘する。 (84頁)

 佐藤良明は、70年代歌謡曲に民謡音階(二六抜き短音階)が出現した、という小泉文夫の主張に対する反論をしている。
 「七〇年代歌謡曲に出現した二六抜き短音階と四七抜き長音階は対立させられるべき敵同士なのではなく、ロックの影響下で世界的な広まりを見せた「マイナー・ペンタトニック」と「メジャー・ペンタトニック」の二つの相補的音階に過ぎない」というのである。*3
 引用部は、アメリカ由来の長二度エンディングが、「かっこいい」ものとして受容された、という話である。
 本題はその後である。

 佐藤は「音階」を中立レベルに無条件に含んだことによって、サウンドやビート、声などの(略)音楽的諸要素を軽視する結果となった (
92頁)

 詳細は註で挙げた論文に書いてある。
 小泉や佐藤などの「専門家」は、自分たちだけが聞き取れる規範譜の「音階」を特権視している。
 しかし、「素人」は、音階よりも別の要素を気にしているのである。
 それを忘れてはならない、という話である。

 もちろん、音階は音楽の重要な要素の一つ*4であるが、それが音楽を受容する人にとって、最重要なものになるかと言えば、そうではない。
 人は意識して音階を聴いているわけではないし、それが音楽を決めてしまうようなものでもない、という当たり前だが忘れられがちな話である。

 演奏者や熟達した聴者の優位を前提とした音楽を論じるのではなく、例えば、「素人」にとって音楽はどのように受容されるのか、そうした音楽と「社会」との接点を探ることを、著者は試みている。

日本語ロック論争の実際。すれ違いと行方

 日本/西洋の区別を排した「普遍的な音楽」としてのロックを英語派は志向する。 (121頁)

 日本語ロック論争の話である。
 意外に、その意義は知られていない。

 まずは、「英語派」としてくくられた内田裕也の主張である。
 彼はロックの美学、すなわちサウンドの強度によって、歌詞の意味を超えて「何か判りあっちゃう」音楽を目指していた。
 彼の狙いは実は日本語歌詞そのものではなかった。

 内田の懸念は日本語歌詞そのものよりも、それが象徴する「ロックの日本化」のありかた−−端的には従来の芸能会的興行システムに組み込まれてしまうこと−−にこそ向けられている。 (123頁)

 芸能界的なシステムにロックが流用された「GS」も下火となった時期、今こそ同時代的な英米の対抗文化へ直に接続を図ろう、そうした意図が内田にはあった。
 内田の狙いは、言語(の翻訳)によってサウンドの強度が弱められてしまうことへの懸念、そしてなにより、音楽の商業主義の打破だった。

 大滝が音楽的な独自性の欠如(英米ロックとの同化主義)を理由に懐疑的なスタンスを取っている (125頁)

 (「大滝」は原文ママである。)
 対して「はっぴいえんど」側の主張である。
 
 大瀧詠一は、ロックにおける西洋性/日本性の対立の中で、後者へ向かおうとした。
 正確には、英米ロックへの同化主義に対して距離を置こうとした。
 そして、日本にロックを根付かせ、日本独自のロックを目指した。

 日本語ロック論争は、その問題意識の違いによって、最初からすれ違っていた。

 実は、歌詞よりサウンド重視は両社とも一致していた。
 だが、商業性/対抗文化的問題ではすれ違う。

 彼らは、フォーク的なメッセージ主義から帰結される母国語自然主義にも同意しない。 (128頁)

 実際、松本隆は、ロックという枠組み自体が、歪められた母国語で歌うことを迫るようなものである旨を、述べている。
 じっさい、n音や二重母音化をはっぴいえんどは多用することになった。
 「日本語の母音の多さが日本語詞ロックを実現させる上での技術的な問題点の一つであることは、この時期の日本のロック音楽の関係者に広く認識されていた」(208頁)。

 なお、日本語か英語か、という問題圏自体は、キャロルの日本語英語混交と、日本語の英語風詠み(サザンへの系譜)で、一応の「終結」を見せた。

 改めて指摘せねばならないのは、

 現在の日本においては、ドイツ・リートやジャズは原語(独語、英語)で歌われることが普通なのだから、ロックがそうならなかったことは、決して歴史の必然だったとはいえない。 (208頁)

 ということである。
 当時、日本のロック音楽の市場はほとんどなく、海外進出は経済的側面からも重要であった。
 これが英語派の主張の論拠の一つだった。*5

日本の著作権法に見る、「クラシック音楽」優位の残滓

 ベルヌ条約の上では、「名誉又は声望を害するおそれのあるものに対して」しか、同一性保持権を認めていない。 (169頁)

 一方、日本の場合、著作者の意に反する改変、という大きな括りでも禁止できる。
 むろん、ベルヌ条約はあくまでも最低ラインを提示しているだけであって、各国の国内法がこの最低水準を上回る保護を権利者に与えることは可能ではあるが。

 現在の著作権法が想定する音楽の存在論は、「楽譜と演奏と録音の間に記号論的な差異を認めない音楽」 すなわちクラシック音楽的な音楽観に依拠している。 (175頁)

 要は、ジャズのように楽譜を逸脱する演奏を、著作権制度の中で禁じることが出来てしまうのが、日本の著作権法なのである。
 「大地讃頌」事件を参考に、そのように著者は述べる。*6
 
 最近の著作権法の話だと、二次使用の話題がよく出るが、一応こういう話も覚えておいてほしい。(こなみかん)

よし、Do You Know The Way To San Jose を日本の国歌にしようぜ。

 原曲の壱越調律音階から長調へと移し替えられることによって、冒頭部分がバート・バカラックのヒット曲「サンホセの道」(一九六七)とほとんど「同じ曲」になってしまう。(略)小西のアレンジは、君が代をそのような文脈から救い出し、音楽そのものの姿を聴く者の前に提示する。 (147頁)

 小西康陽版「君が代」の話である。
 小西は君が代に込められてきた政治的意味を壊して、音楽をとりだそうとした、という風に著者は述べる。
 音楽を救い出そうとしたのだ、と。

 だがしかし、そんなことが本当にできるだろうか。
 著者は、佐藤良明になんと言っただろうか。
 聴衆が音階は勿論のこと、音そのものすらロクに聞かないことがあるのは、作者自身が承知なはずである。
 小西たちの「試み」は、けっきょく失敗してしまうだろう。*7

 正しい戦い方は、バート・バカラックの「サンホセの道」を、日本の国歌に変更するよう働きかけることである(マテヤコラ

(未完)

*1:詳細はhttp://b.hatena.ne.jp/entry/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150216-00000050-zdn_n-sci等をご参照あれ。

*2:ここで肝心なことは、形容詞が、送り手と受け手とが「同じ共同体に属しているという同属意識の保証」としてしか機能していない、ということであり、形容詞そのものが悪いというわけではない。参考になるかはわからないが、http://yokato41.blogspot.jp/2014/04/blog-post_18.htmlを挙げる。

*3:この内容はウェブでも見られる。http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1073/

*4:ネットサーフィン(死語)してたら、こういうのを見つけためう。http://www.konami.jp/mv/hinabita/talk_25.html?n=25

*5:英語派に対して優れた反論をしたのが、ミッキー・カーチェスである。彼は、英語で作るべきだというコンテンポラリーロックの連中が、新しいロック音楽(英語)を作らず、いつまでも輸入された英語ロックを歌おうとしている、と嘆いた。この問題が解消されるのは日本語ロック論争の後、海外進出する英語派の出現によってである(ような気がする)。

*6:詳細は、http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1321/等。

*7:なお、この論が最初に世に出たのは2005年である。