政治に失望する前に、立法府を活性化させるためにできること -大山礼子『日本の国会』を読む-

 大山礼子『日本の国会』を再読。

日本の国会――審議する立法府へ (岩波新書)

日本の国会――審議する立法府へ (岩波新書)

 

 「政党間の駆け引きに終始し、実質的な審議が行われない国会。審議空洞化の原因はどこにあり、どうすれば活性化できるのか。戦後初期からの歴史的経緯を検討した上で、イギリスやフランスとの国際比較を行い、課題を浮き彫りにする」という内容。
 本書は2011年と古い本となってしまったが、しかし、相も変わらず読まれるべき書物である。
 そのくらい、立法府の課題は放置されたままである。

 政治に失望する前に、立法府を活性化させるためにできることはあるのだ。(もちろん問題は、立法府だけにあるのではないのだが。)
 それにしても、「『ねじれ国会』が常態化した今、二院制の意義を再考、そして改革の具体案を提示する」とは、随分と昔のことに感じてしまう。

 以下、面白かったところだけ。*1

本当は強いはずの「国会」

 常任委員会の権限も、 (略) 議院内閣制を採用している諸外国の議会には類例がないほど強力 (41頁)

 米国連邦議会において、各議員から提出された法案を詳細に検討し、逐一修正していく形式の審議に適する制度として発展した・・・それが常任委員会制度である。
 本会議よりも委員会、委員会よりも小委員会が実権を握る権力分散型の制度である。
 それに対して、内閣提出法案の審議が中心となる議院内閣制の議会では、実質的審議の場として委員会を活用する場合もあるが、本会議が主導権を確保するのが通例となる。
 そして日本の国会の場合、戦後改革の影響により、常任委員会の権限は本来強いものとなっている。*2
 にもかかわらず、その力を発揮できていない。 

内閣の「弱さ」

 内閣が自ら提出した提出した法案を自由に修正できないというのは、議院内閣制としてはほかに例のない厳しさ (75頁)

 日本では内閣は、内閣提出法案の審議スケジュールについて、希望を表明さえ出来ない。
 また、内閣が自ら提出した法案なのに、内閣自身は自由に修正もできない *3
 だが、審議スケジュールについて、諸外国では委員会とは別に議事協議機関が設けられており、そこには政府の代表も加わっていることが多い。
 ドイツ連邦議会の場合、議事日程の作成は評議会の権限であり、その評議会の会議には連邦政府の代表として閣僚一人が加わっている。
 議事協議の時に政府の議事を優先するのは慣例という国もある。

 イギリスの場合、下院の議事運営は、与野党の院内幹事の協議で決められるが、与党の院内幹事は政府の役職であり、協議には政府の意向がそのまま反映されることとなる(77頁)。

欧州大陸諸国における立法府の独立性

 ヨーロッパ大陸諸国では、政府を信任している与党でもあっても、個別の法案の審議において、必ずしも政府の意向に従うとは限らない (117頁)

 欧州大陸の議会では、法案審議の中心は委員会となる。
 率直な意見交換をするため、委員会審査を非公開にしている議会も少なくない。
 政府は、その議会の審議の動向に応じ、自らの政府法案を修正することになる。
 実質的には多数を占める与党議員と政府の話し合いの結果による修正が多い*4

 議員は審議中、所属会派に関わらず、自由に意見を述べることができ、議決時になって初めて党議拘束がかかる仕組みである(116頁)。

 内閣と議会、というか、内閣と与党とが一定の緊張関係を議会内に保つのが、欧州大陸議会の特徴である。

 実際、ヨーロッパ大陸には閣僚と議員との兼職を禁じている国がある(112、113頁)。
 フランスの場合、閣僚に任命された議員は職を離れねばならない。*5 *6

 代わりに選挙で補充候補者として指名されていたもの(* 予め有権者に提示してある)が議員に就任する。
 その他オランダ、スウェーデンノルウェーなども然りである。
 ドイツの場合、閣僚の20パーセント程度が非議員という。

立法府の活性化のために

 内閣による法案修正も自由化すべきである (146頁)

 著者は、内閣提出法案の審議スケジュールについて、内閣の代表も参加する場で協議を行なう必要があるとする。
 そして、内閣が自らの責任で内閣法案を修正できるようにする必要がある、という。*7

 委員審査の段階では、各会派は、所属議員の自由な発言を許し、委員会審議が決着した時点で初めて党議拘束をかけるようにすればよい(148頁)。
 また、各委員会は委員会審査の結果を報告書にまとめ、提出すべきだとする*8
 そうした報告書がネットで手に入れられるようにしている国も、あるという。

事前審査制の起源

 背後には大蔵省(当時)の働きかけがあったといわれる (79頁)

 日本の事前審査の起源は、赤城宗徳が内閣に依頼したことに由来する。
 その赤城の依頼の背後には、当時の大蔵省の働きかけがあったといわれる。*9
 それ以前の国会では、比較的自由に与党議員による法案の修正が行なわれ、国会審議の段階で修正が施されると予算全体に影響を及ぼす可能性があった。
 そのため、大蔵省側が、事前に与党議員との協議の場を設けておいた方がいいと考えたのだろう、と著者はいう。
 この事前審査、最初は簡単なものだった。
 精緻な検査は1970年代の田中内閣の時期で始まり、皮肉なことに、新人議員時代には国会内で弁舌を振るった田中の下で、与党議員の自由な発言が封じられ、事前審査に活躍の場が移ったのであった。
 こうして国会審議の影響力は実質的に低下していったのだった。*10
 その結果生じたのが、審議の不透明さである。*11

会期不継続原則を廃止する必要

 諸外国の議会ではさらに改革が進み、ほとんどが会期不継続原則を廃止した (226頁)

 20世紀に入ってから、諸外国の議会ではほとんどが、会期不継続原則を廃止した。*12

 英国議会は、例外的に維持しているが、毎年1月はじめ頃に始まる会期が、次会期の直前まで1年間継続するので、細切れ会期の問題は出ない *13
 ドイツ、イタリア、オランダなどでは、会期自体を廃止し、通年会期制を採用している。
 日本の場合帝国議会以来、堅持している。*14
 この会期不継続原則は、当時の政府が議会の活動期間を極力限定しておこうと考えたためであろう、と著者は考察している(227頁)。

英国における立法府改革

 ウェストミンスター・モデルの基盤であった議会主権を抑制する効果をもつものだった (128頁)

 ブレアの改革についての話。
 イギリスの裁判所において、欧州人権規約が国内法と同様の効力を持つことを規定した1998年の人権法は、裁判官に議会制定法が欧州人権規約に抵触しないかを判断する権限を与えた。
 また、スコットランド議会、ウェールズ議会、及び大ロンドン議会は、いずれも、ドイツ連邦議会同様の小選挙区比例代表併用型を採用することとなった。*15
 こうしたブレアによる改革は、ウェストミンスター・モデルにおける「ブレーキ役」を作る結果となった。*16

国会議員の数は多くない

 国会の定数は諸外国にくらべてけっして多いとはいえない (210頁)

 じっさい、先進国7カ国のうち、人口に対する議員の数が日本より少ないのはアメリカだけである*17
 みんな知ってるだろうけど念のため。

 

(未完)

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*1:大山著に対する評価としては、たとえば、周宇嬌「書評論文 小泉内閣後の日本政治を考える--飯尾潤『日本の統治構造』中公新書(2007)を手がかりにして」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005929691 等を参照。

*2:GHQによってなされた常任委員会制度の整備について、大曲薫は、次のような重要な指摘をしている(「国会法の制定と委員会制度の再編 GHQ の方針と関与について」 https://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/pdf/071803.pdf )。 

戦後の国会における常任委員会制度の整備について、ウィリアムズは「封建的官僚機構」に対抗する議会の機構を構築するという言い方をよくしたが、他方で先進各国に共通する執政機能の肥大化と現代行政国家の台頭に対抗する各国議会の進化の方向と同一の軌跡を辿った結果でもあるという視点が次第に重要になってきているのではないかと思われる

今回の大山著を読むうえでも、重要な指摘である。

*3:

法案を修正したくても与党が譲歩しなければ修正できません。外国では殆どの場合与党が政府案を修正します。事前に精密な審議をしませんから、ある政府案に対して地方にはこんな意見もあるので修正した方が良いよ。等の意見で法案が修正されます。日本では国会が始まる前に終わってしまいます。 (引用者略) 与党議員は無傷で法案を通すことに専念しますし、野党議員は法案を修正することが出来ない訳です。残る方法は「日程闘争中心のかけ引き国会」しか無くなるのです

(大山礼子「国会改革の課題 代表制民主主義を見直す」http://www.sief.jp/21/2016/bundai201605.pdf ) 

*4:法案修正が活発に行なわれる諸外国の議会でも、実際は修正の多くは、与党議員の発議によるものである(5頁)。フランス下院の場合、野党議員からの修正案は提出件数は多いが採択率はきわめて低く、政府提出の修正案の採択率は9割を超え、委員会提出がこれに次ぐという(115頁)。

*5:

フランスやスウェーデンなどのように、閣僚と議員の兼職を禁止しているところも珍しくない。議場における閣僚席の配置も、政府と野党が対峙するイギリスとは異なっている。これらの国々では政府は議会外の存在であって、議会は独自の立場から政府が提出した法案を審議し、多数を占める与党が中心となって修正を加える。そこで、実質的な法案審査にふさわしい場として、専門性を有する分野別常任委員会制度が発達してきたと考えられる

(大山礼子「忘れられた改革 : 国会改革の現状と課題」https://ci.nii.ac.jp/naid/120006618708 ) 

*6:『公務員白書』(平成15年版)によると、フランスでは、

憲法上閣僚と議会の議員との兼職は禁止され、閣僚に選ばれた議員は議会の議席を失うこととされている(議員出身の閣僚は通例7~8割程度)。したがって、政府内の閣僚その他のポストで、議員が就くべきものとされているものはない。

 とのことである(https://www.jinji.go.jp/hakusho/h15/jine200402_2_013.html )。以上、この註は、2020/2/18に加筆したものである。

*7:武石礼司「国会活性化に向けた制度改革に関する考察」は、「国会の委員会および本会議での審議スケジュール作りに内閣を関与させる、内閣による法案の委員会提出後における修正の容認、与党閣外委員による質問の一部容認 (引用者中略) 国会法の会期不継続原則(国会法68条)の改正」等の改革を提言しているが、著者大山の『国会学入門(第二版)』が参照され、本文でも言及されている。
 以上、この註は、2020/2/18に加筆したものである。

*8:よく考えれば当たり前のことではある。

他の国では委員会で調査や審議をした場合、立派な報告書が作成されます。重要法案ですと数百ページにもなり、関係資料が載っていますから審議の過程がよく分かります。国民にとっても立法者がどんな意図でこの法案を作ったかが判るようになります。 

(大山礼子「国会改革の課題 代表制民主主義を見直す」http://www.sief.jp/21/2016/bundai201605.pdf )

*9:川人貞史は、「与党審査の制度化とその源流:奥健太郎・河野康子編『自民党政治の源流』と研究の進展に向けて」(https://ci.nii.ac.jp/naid/130007755020 )において、

奥は以前の論文(2014)において,事前審査は自由党時代から存在したが閣議決定の条件ではなく,自民党結党直後の1955年12月までに「政府与党執行部は政調会の事前了承を閣議決定の条件とすることで合意し」,それ以降事前審査手続きを実行し,1950年代後半には定着したことを,『政調週報』の実証分析によって明らかにした。そして,すでに定着していた政調会による事前審査制に対して,1962年の「赤城書簡とは,与党の事前審査の要件に総務会の了承が加わったことを意味する文書であり,事前審査制が今日のそれに近づいた瞬間であった」

と、2014年の奥健太郎の論文について説明している。
 川人は基本的にこの主張を肯定しつつ、

内閣において法案提出手続きの整備が進められたのとほぼ同時に,赤城総務会長の申入れ文書を根拠として法案の与党事前審査が公式のルールとして確立した

 と論じている。
 ともあれ、事前審査自体は、既に赤城の件以前から存在していた事は間違いなさそうである。
 以上、この註は、2020/2/18に加筆したものである。

*10:

実際の国会審議の影響力は、そのポテンシャルとは裏腹に、低いと判断せざるをえない。 (引用者中略) 原因は、1970 年代半ばまでに精緻なシステムとして整備された自民党による事前審査の慣行にあったと考えられる。

(上掲「忘れられた改革」 )

*11:

審議の場がずれていることも問題です。法案の重要な審議は本会議では行われず、更に各種委員会の審議の前に与党内部で調整されてしまいますから立法過程の透明性は失われ、私たち国民の前には公表されないままに国会の審議が終わるのです。利益団体の代表で情報を取れる方もいるでしょうが、我々国民は何も分からないブラックボックスのまま法案が通過してしまう事に成るのです。

(上掲「忘れられた改革」)

*12:駒崎義弘「国会運営における会期不継続の原則―成立の経緯と改革の方向―」(指導教員・御厨貴)には、 会期不継続原則撤廃(見直し)の必要性を主張する学者として、大石眞とともに、著者・大山の名前が出てくる(以下のURL参照http://www.ne.jp/asahi/komazaki/yoshihiro/gikaitetuduki.html )。以上、この註は、2020/2/18に加筆したものである。

*13:大山自身は「第7回「会期等のさらなる見直しに関する検証検討プロジェクト会議」事項書 」の場においても、英国のケースについて、

会期末において審議未了の法案は原則として閉会と同時に廃案となる。ただし、政府提出の公法案は、提出先の院の議決により 1 会期に限って継続することが可能であり(他院からの送付案は不可)、私法案(特定の個人、団体、地域等のみを対象とする法案)及び混合法案(公法案の規定と私法案の規定が混合している法案)は、院の議決により会期、議会期を越えて継続することが可能である

としている。http://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000073584.pdf

*14:大日本帝国憲法第42条には、「帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ」とある。勅命でない限り延ばせなかったのである。以上、2020/2/19に追記した。

*15:

ニュー・レイバーの「憲法改革」の一環である、地域的分権の結果成立した、スコットランド議会 the Scottish Parliamentウェールズ議会 the National Assembly for Wales北アイルランド議会 theNorthern Ireland Assembly、ロンドン市長大ロンドン市議会 the GreaterLondon Assembly の選出には、それぞれ小選挙区制とは異なる選挙制度が導入された

(甲斐祥子「小選挙区制は改革されるか イギリス選挙制度改革の現在」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005945129 )

*16:こうした点は、たとえば、高安健将『議院内閣制』が参考になると思われる。

*17: 「世界・人口100万人あたりの国会議員数ランキング」http://top10.sakura.ne.jp/IPU-All-SeatsPerp.html によると、日本は世界ランク168位である。ちなみに、英国の場合、総人口「64,097,085人」に対して、議員「1,441人」である。これは貴族院庶民院の合計である。「国会議員議席数:2015年 列国議会同盟(IPU) 人口:2013年 国際連合(UN)」ということで、国会議員の数と人口の統計の年がずれているのだが、まあ参考までに。