若干タイトル詐欺気味な感じだが、スタインウェイの良さはよくわかる -髙木裕『今のピアノでショパンは弾けない』を読む-

 髙木裕『今のピアノでショパンは弾けない』を読んだ。

 内容は紹介文の通り、「今のピアノを知らない大作曲家達、ロボットが優勝しかねない現代のコンクール、ピアニストの苦悩と憂鬱、巨匠の愛したピアノの物語―裏側まで知り尽くした筆者だから語れる、クラシック音楽が100倍楽しくなる知識」といったもの。
 とりあえず、ピアノを弾いたことのない方でも楽しめる内容かと。

 若干タイトル詐欺気味な感じだが、スタインウェイの良さはよくわかる。

 以下、特に面白かったところだけ。

 

「ノイズ」を愛したホロヴィッツ

 ノイズを愛したホロヴィッツ (46頁)

 1883年製のスタインウェイ社が開発したピアノ「New Scale D」は、特殊仕様のため、中音域が少し鼻詰まりのような音とジーンというノイズが出る。
 これは、ピアノの前身、ピアノフォルテとそっくりの音であり、まだピアノの中音域が人間の声の役割をしていた19世紀の音である。*1
 これがホロヴィッツが最も求めていた音なのだろう、と著者は述べている。*2

「オートマ」と「マニュアル」

 低中音域の粒立ちがはっきりしていなければ、和音は団子のように潰れて聴こえ、内声の変化を付けようとして、ある音だけ強調して弾いても、何の音色の変化もなくなります。表現力は乏しい。 (引用者中略) しかしある意味、和音を無造作に弾いてもどの音も均一に問こえるということは、下手な人にはアラが目立たないので、「弾きやすいね」と言うことでもあるのです (120頁) 

 演奏者の表現力を引き出せるピアノと、そうではないために下手な演奏者でもあらが目立ちにくいピアノという対比である。
 著者は、その違いを、自動車のマニュアルとオートマの違いに例えている。*3
 小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く、西郷隆盛のような話である。

ボディの軽さ

 ニューヨーク・スタインウェイのボディは驚くほど軽いのです。 (139頁)

 ニューヨーク・スタインウェイの場合、音量増大のすべてを響板の反発力に頼らず、駒の上に若干緩めの張力で張られた弦をそっと載せている。
 そして、伝わった振動をボディやフレームにも共鳴させているので、ピアノ全体で鳴っていることになる。*4 *5

 

(未完)

*1:江口玲のホームページの日記(2002/06/18付)から、引用する(http://www.akiraeguchi.com/scr1_diary/200206/18.html )。

本日初めて伝説的調律師、フランツ・モアさんにお目にかかり、使用するピアノに触りました。調整をしながらモアさんは、うんうん、これがホロヴィッツの好きな調整なんだ、と一人うなずいていらっしゃいました。 (引用者中略) まず、低音域は弦の音がビンっと響き、まさに底鳴りのする音、これは想像通り。高音部はまたクリスタルクアな、こんな美しく透き通るような高音部を持つ楽器は、見たことありません。意外だったのが中音域です。ちょっとつまったような、ぽこぽこした音で、どちらかというと木質な音なのです。強いていえば、昔のフォルテピアノ。これは大発見です。現在のピアノの原型はまさに、フォルテピアノ!!そうなんです、まさにホロヴィッツが愛したピアノはフォルテピアノの末裔の特徴をはっきり示していたのでした。

なお、フランツ・モアによると、ルビンシュタインは、ホロヴィッツが求めたものとは両極端な調律を求めたのだという(吉澤ヴィルヘルム『ピアニストガイド』(青弓社)178頁)。ブログ・『HirooMikes』の、フランツ・モア『ピアノの巨匠たちとともに あるピアノ調律師の回想』(音楽之友社、1994年)に対する書評によると、「敏捷に反応するアクションを好み、彼の好み通り機能するよう鍵盤の重さを軽くしてバランスさせている/ルービンシュタインは、指にもっと抵抗があるアクションを好む」と、鍵盤の重さのことのようだ。なお、鍵盤が軽いのもフォルテピアノの特徴である。

*2:ホロヴィッツといえば、最近読んだ、津島圭佑「《展覧会の絵》に施したウラディミール・ホロヴィッツの妙技 《展覧会の絵ホロヴィッツ版の考察 」(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006627764 )も、なかなか興味深いので是非どうぞ。

ピアノという楽器は、一度打鍵した音は減衰をたどる一方である。ホロヴィッツは持続低音を積極的に維持し、打鍵の補充やトレモロ化を行った。また、長く伸ばされる音に対して、音の波動を察知し実体化させたかのような音を施した。この対処が示すのは、楽曲への深い解釈が裏付けする想像力の必要性である。

*3:この件について、ブログ・「ピアノのある生活、ピアノと歩む人生」は、本書書評において、次のように書いている(http://2013815piano.blog.fc2.com/blog-entry-464.html )。

愛好家の立場からの感想だと、ピアノの演奏会で、ピアノが鳴らないということは最近の傾向として感じてはいた。もちろん、プロの演奏家でも・・・

鳴らない、とは、単調な音しか出ない、といった意味であろう。やはり、ピアノの愛好者にも納得できることであるようだ。

*4:大木裕子・柴孝夫「スタインウェイの技術革新とマーケティングの変遷」(https://ci.nii.ac.jp/naid/120005346920 )によると、「ボディが響板に張り付けられる.リムと外枠がひとつにプレスされるというこの特殊な方法により,ピアノ全体を響板のように響かせる効果を生み出している」とのことである。実際、同じような記述が、足立博『まるごとピアノの本』(の123頁)にもみられる。そんな理由で、スタインウェイに使用されるフレームは軽量で済む。

 なお、当該論文には、「スタインウェイ・ジャパン株式会社鈴木達也相談」の名前も見える。

*5:村上和男、 永井洋平『楽器の研究よもやま話 温故知新のこころ』(ITSC静岡学術出版事業部、2010年)によると、1900年製のスタインウェイ(Oモデル)は、脚柱を叩くと響板が「コーン」と鳴るという(64、65頁)。