「普通のお客にハーモニーはわからない。彼らはメロディーが聴きたい」、まあそうなんだよね。 -岡田&ストレンジ『すごいジャズには理由(ワケ)がある』を読む-

 岡田暁生&フィリップ・ストレンジ『すごいジャズには理由(ワケ)がある』を読んだ。

 内容は紹介文の通り、

「ジャズがわかる」って、こういうことだったのか! 名演の構造がわかる! 分析的ジャズ入門 誰もが知る名演を題材に、ジャズの奥義を学ぶ!

というもの。

 分析的にモダン・ジャズがわかるという優れもの。

 以下、特に面白かったところだけ。

アート・テイタムのすごさ

 アート・テイタムの弾き方は、左手のスタイルがかなりビバップ以後のピアニストと違いますね。 (25頁)

 アート・テイタム*1*2の場合、左手の親指が雄弁だという。

 ビバップのピアニストは、右手がサックスで、基本左手は伴奏であることが多いのに対して、アート・テイタムはそうではない、と。

 右手小指がソプラノ、同親指がアルト、左手親指がテノール、左手小指がバスを演じ、とくにテノールを雄弁に動かしているという。

客はメロディとサウンドばかり聞きたがる

 普通のリスナーが聴きたがるのはメロディとサウンドですから (29頁)

 ハーモニーに不協和なテンション音がたくさんある時は、「スイート」な音色をたくさん使えばよい。
 そうすれば、普通のリスナーも違和感を感じなくなる。
 しかし、ビバップの場合、たいがい普通のリスナーを相手にしないので、不協和音を強調する。

 中・上級者向けである。

 レニー・トリスターノのように音色が滑らかだったり、リズムが統一されたりしていると、どれだけ無調的にフリーをやっても、聴く人は意外に許容する (127頁)

 結局のところ、大抵の人は、誰もハーモニーなど聞いてはいないのである。*3

 普通のお客にハーモニーはわからない。彼らはメロディーが聴きたい (123頁)

 確かに、オーネット・コールマンの「ロンリー・ウーマン」のテーマのメロディ重視(その分ハーモニーに縛られていない)で分かりやすいように思う。

フリージャズは何がフリーなのか

 でも何が自由かは、人によってぜんぜん違いました。 (110頁)

 ハーモニーからの自由(オーネット・コールマン)、モードからの自由、モティーフからの自由、リズムからの自由、メロディからの自由、「汚い」サックスの音色の自由(アーチ―・シェップ)。
 などなど、いろんなフリーのジャズがあるのである。
 フリージャズといっても、実は多様である。*4

コルトレーンが目指したもの

 コルトレーンはものすごく硬いリードを使っていたと思います。 (98頁)

 コルトレーンのフレーズがあまり流暢でないのはそのせいだという。
 舌と指がしばしばずれる。
 タンキングと指を動かすタイミングが微妙に違う。
 叫ぶような高音は、当時の「流麗なサックス」という基準から大きく外れていた。*5
 すべては、サックスを生身の人間の声に近づけたいという気持ちから生まれたのだろう、と。*6

ビル・エヴァンズの練習

 理詰めの練習を重ねて重ねて、完璧な形を追求した。 (209頁)

 ビル・エヴァンズ*7の話である。

 エヴァンズは、2小節のために一時間近くも練習をしたらしい。

 そして、エヴァンズは、同じ小節を無数のパターンを吟味し、アドリブの際は、瞬間的にその場に最もあうものを選んでいたようだ。

 彼の場合、頭の中で完全にアレンジはできていた。*8
 しかし、それを楽譜には書かなかった。
 ゆえに、アイデアは柔らかく、フレキシブルなまま、どんどんアドリブを発展させることができたのである。

ジャズマンの記憶力と予測力

 ジャズの真のチャレンジは、弾きながら本当に聴いていることだ (49頁)

 著者の一人・ストレンジの大学時代の師(ヴィンス・マッジョ)の言葉である。
 自分が弾いたことをきちんと覚えている記憶力こそがジャズにおいては重要というのだ。
 チャーリー・パーカーはさらに、何十小節も先まで見通しながらアドリブをやったのではないか、と述べられている。
 ジャズマンは記憶力と予測力がないと、やっていけないのだ。*9

モード奏法の意義

 ハーモニー進行を制止させることで、4度とか7度のような音程を自由に使うことができるようになります。 (104頁)

 マイルズ*10はハーモニー進行を停止して、一つのハーモニーの可能性を組みつくそうとした。

 それが、モード奏法の意義だという。

 また、コード奏法だと、3度や5度などしか使えず、音程的な自由さに欠ける。*11

 

(未完)

*1:ブログ・「デューク・アドリブ帖」によると、

ベースとドラムが参加しているのではないかと思わせるほどリズミカルな左手の動きが素晴らしく、アニタ・オデイは「You're the Top」で、素晴らしいものの一つに「Tatum's left hand」と歌詞をアドリブしていた。

とのことである(https://blog.goo.ne.jp/duke-adlib-note/e/107305d096f7764bcb5ba5d1c87a2d5b )。
 その歌詞は、http://www.kget.jp/lyric/242847/You%27re+The+Top_Anita+O%27day を参照。

*2:ところで、アニタの「You're the Top」)の中に出てくる”the Miner's Gong”が何なのか気になっているのだが、英語話者にとってもこれは見当がつかないようで、掲示板で質問している人がいた(以下、http://www.organissimo.org/forum/index.php?/topic/77149-anita-odays-youre-the-top-lyrics/ )。

 以上、この註について、2022/4/10に加筆した。

*3:以前、自身のブログにおいて、次のように書いたことがある(http://haruhiwai18-1.hatenablog.com/entry/20150823/1440284732 )。

佐藤は「音階」を中立レベルに無条件に含んだことによって、サウンドやビート、声などの(略)音楽的諸要素を軽視する結果となった (92頁)/詳細は註で挙げた論文に書いてある。小泉や佐藤などの「専門家」は、自分たちだけが聞き取れる規範譜の「音階」を特権視している。しかし、「素人」は、音階よりも別の要素を気にしているのである。それを忘れてはならない、という話である。

その際は、「音階」の話をしたが、それは「和音」においても一緒である。

*4:副島輝人は、次のように、フリージャズを例示(あるいは分類)している(以下、渡邊未帆「日本のモダンジャズ、現代音楽、フリージャズの接点」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005612552 からの孫引きに依る。出典は、副島『日本フリージャズ史』である。)。

(1) アタマ(始まり)とエンディング(終り)だけにテーマとなるメロディがあり、中の部分はフリー・フォーム。と言っても、メロディ楽器奏者はキーを意識してインプロヴィゼーションをする場合と、全くそうでない場合もある。つまり曲という器があって、中身は自由ということだ。山下洋輔トリオや沖至グループの演奏に多く聴かれる。 (2) 曲がなく、トーナル・センターとしての一音、または複数音だけを決めて演奏する。ひと頃の富樫グループが、時々この方法を用いた。 (3)完全フリー・フォームとして、任意に出した最初の一音に反応して、全く自由に演奏を重ねていく。但し、内的リズムや音列を抽象的に利用したり、それを打ち切って別の方向にもっていったりする場合もある。例えば、佐藤允彦のソロ・ピアノや、高柳昌行ニュー・ディレクションの演奏などはこれに近い。 (4)オートマティズムのように、自分の内的精神状況を音に託して表現する。阿部薫のソロなどは、こうした方法によるものと言えようが、無意識のうちに音階が出来てくると、突然よくしられたメロディとなって一瞬表に現れることがある。

テーマとなるメロディはせめて残しておくもの、中心音はせめて決めておくもの、殆どアドリブとしか言いようのないものなど、さまざまである。

*5:後藤雅洋は、次のように書いている(「ジョン・コルトレーン|ジャズの究極を追い続けた求道者【ジャズの巨人】第3巻より」https://serai.jp/hobby/22869 )。

あえてコルトレーンは高い倍音成分を含ませた音色でテナー・サックスを吹いているのです。これは目立つ。大型なのでパワー感のあるテナーから、若干無理気味に搾り出す高域に偏った音色のフレーズは、まさに〝コルトレーン印〟付きのサウンドなのです。ちなみにそうしたコルトレーンの高音好みは、やがてアルト・サックスよりも高い音域のソプラノ・サックスへの持ち替えに繋がっていきます。

*6:ファラオ・サンダースは、インタビューに次のように答えているという(渕野繁雄の手になる和訳http://home.att.ne.jp/gold/moon/music/report-menu/report3.htmlより引用。 )。

けれども、ジョンは我々よりも進んでいました。彼がそのごつごつした音を得るためにマウスピースとリードの組合わせにしたことを、私は理解しようとしました。/あらゆる種類のマウスピースでの演奏を聴きました。 バンドスタンドで聴く彼の音はサクソホン音ではないようにも思われました。 すべての音がむしろパーソナルな声のようでした。 彼の演奏は何でも内側から起るようでした。

原典は、『ダウンビートマガジン』の2005年3月号(https://shopdownbeat.com/product/march-2005/ )であるようだ。

*7:本書ではこの表記なので、これで通す。

*8:中山康樹は、エヴァンスは練習において、古い曲から新しいアイデアを得ることに大半の時間を費やしており、曲の「アレンジ」に主眼が置かれていたとする(中山『ビル・エヴァンス名盤物語』音楽出版社、2005年、169頁)。

*9:なお、彼のパートナーだったチャン・パーカーは

いま思うに、どうやって知るのかしら?そう、持ってたのね彼は、彼は写真的な記憶力を持っていたとしか言えないわ。聞いたこと全てを保持したので、どんな場にも適応できたの。

と回想している(ウェブページ「チャーリー・パーカー・コレクション」掲載のインタビューhttp://birdparkerslegacy.com/chanparkerint/chanparkerint.html より。「場所:フランス 日時:1998年5月」)。興味深い。

*10:本書では「マイルズ・デイヴィス」という表記なので、それに従う。

*11:島村健は、

モード奏法=モーダル・アプローチでは先ほどのビバップ的な「IIm-V7」の展開を敢えてしないことにより、コード進行に縛られず、1つのトニック(主音)に対して7種類の「モード・スケール (引用者中略) 」に基づき、適宜そこから選んだスケールでソロを取るという手法が中心になります。

と述べている(「モーダル・ブルースについての補足解説」https://j-flow.net/wp-content/uploads/2017/12/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E7%AC%AC3%E7%A8%BF.pdf )。

 以上、2022/4/10に、この註について表現を一部改めた。