すごいタイトルだが、わりあい内容はまともであるように思う ―岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』を読む―

 岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』を読んだ。

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

  • 作者:岡本 茂樹
  • 発売日: 2013/05/17
  • メディア: 単行本
 

 内容は紹介文の通り、

犯罪者に反省させるな―。「そんなバカな」と思うだろう。しかし、犯罪者に即時に「反省」を求めると、彼らは「世間向けの偽善」ばかりを身に付けてしまう。犯罪者を本当に反省に導くのならば、まずは「被害者の心情を考えさせない」「反省は求めない」「加害者の視点で考えさせる」方が、実はずっと効果的なのである。「厳罰主義」の視点では欠落している「不都合な真実」を、更生の現場の豊富な実例とともに語る。

という内容。
 著者は、反省文をただ書かせるだけでは、真の意味での内省的「反省」は得られないと述べている。*1
 すごいタイトルだが、わりあい内容はまともであるように思う。

 以下、特に面白かったところだけ。

被害者の心情を理解させることの逆効果

 このプログラムは、ある意味では、社会での生きにくさを増加させることにつながってしまい、社会不適応を促進しているのかもしれない (87頁)

 浜井浩一『2円で刑務所、5億円で執行猶予』という本からの引用である。
 ある研究結果を引用している。
 それによると、被害者の心情を理解させることは、彼らがいかに社会的に非難されることをしたかを理解させることであり、結果、加害者側に大きな重荷を背負わせることになるという。
 そして、こうしたプログラムは再犯を促進しさせると述べる。*2

自分の本音と向き合う

 往復の手紙ではなく、「自分から相手へ」の形でロールレタリングを書き進めることが有効である (106頁)

 著者としては、ロールレタリングは心の中にため込んだいやな思いや感情を吐き出すところに効果があるという。*3
 著者の方法は、加害者を自己中心的な意識に留まらせ、他者への顧慮を失わせるようにも思える。
 しかし、著者は他人の目を気にすることは、

結局は自分のことを考えているのです (192頁)

という。
 他人からよく見られたいという意識が隠れているというのだ。
 それもまた一種の「自己中心的」なありかたである。
 著者は、他人の目ばかりを気にしているのではなく、自己(の本音)に向き合うことから、始めさせようとするのである。*4
 その困難さは、語るまでもないだろう。

非行はチャンス、弱さは「財産」

 子供の問題行動はチャンス (50頁)

 子供が問題行動(非行)を起こしたか考える機会を得られる、というのがその理由である。
 しんどい気持ちを「発散」する側面もあるようだ。

 よく話してくれたなあ (186頁)

 子供が不満やストレスといった否定的なことを話すのは勇気がいることである
 本人にとって、恥ずかしいことであるからだ。*5
 だから、子供が本音を言えたら、よく話してくれた、ありがとう、ということが重要だと著者は述べる。*6

 自然と出る弱さは、その人にとって「宝物」とさえ言える。 (206頁)

 弱さというのは、意識して作れるものではない。
 それはその人固有の「財産」であるという。*7
 そして、その「財産」は人とつながるためには欠かせないのだ、と。*8
 至言というべきであろう。

 

(未完)

 

*1:著者自身は次のように述べている(「学部共同研究会 私の研究 受刑者に対するロールレタリングを用いた支援の研究 : 反省と更生に導くための重要な視点」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005952388 )。

反省文を書かせることは一番やってはいけないことだと思っています。反省文を書かせると「すみませんでした,申し訳ありませんでした」となって何も深まらない。自分の内面を見ない。立派な反省文を書けるものほど悪いという考え方もあります。少年院は再犯率が7割くらいある。そういう少年の反省文を見ると立派な反省文が書ける。矯正教育がうまくいっていないのは反省させようということが大事にされて,立派な反省文が書けたことでヨシとなっている。表面ではちゃんとしたものを書いて裏で舌を出している状況になっている。

*2:著者(岡本)は次のように述べている(「受刑者支援にエンプティチェア・テクニックとロールレタリングを導入した面接過程」https://www.ja-gestalt.org/information/thesis/thesis-g.html 
*註番号を省略して引用を行った。 )。

疫学的手法を用いて,犯罪対策の効果を研究しているキャンベル共同計画によると,「被害者の心情を理解させるプログラムは,再犯を防止するどころか再犯を促進させる可能性がある」という驚くべき報告をしている。この研究に携わっている浜井は,「あくまでも仮説であるが」と断ったうえで,再犯を促進させる理由として「被害者の心情を理解させることは,ある意味では彼らがいかに社会的に非難されることをしたのかを理解させることであり,自己イメージを低めさせ,心に大きな重荷を背負わせることになる。 (以下、引用者中略) 

なお、岡本は言及していないが、当該の計画のなかでも、怒りのコントロールを取り入れたプログラムの方は、再犯を防止したという(浜井浩一『2円で刑務所、5億円で執行猶予』(光文社、2009年)、85頁)。

*3:浜口恵子は次のように述べている(「中学生の自尊感情へのロールレタリングによるアプローチ」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005625019 )。

岡本(2012)は、「RL の最大の効果はカタルシス効果にある」とし、否定的感情をため込まず、外に出すことが大切と述べている。さらに、否定的感情が吐き出されると、肯定的感情に気づき、自己理解が得られると述べている

参照されているのは、岡本の『ロールレタリング: 手紙を書く心理療法の理論と実践』である。

*4:岡本自身は次のように述べている。

RL で自分の本音を出すと,自分の中に押し殺してきた感情に気づき,自分にとって問題となっていた影の部分が見えてくるようになる.自分のことが分かるようになると相手のことも理解できるようになる.相手が理解できると,相手の弱さや弱点がみえてきて自然と相手に優しくできる

出典は先述した『ロールレタリング』、朴順龍「韓国におけるロールレタリング技法を活用した受刑者教育プログラムの開発及び効果に関する研究」(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11050156 )からの二次的引用である。

*5:「本音を訴えれば悪く評価され,弱点を暴かれるような感じがして率直な気持ちで接することができないという治療者に対する秘密」という点は、先述した朴順龍論文も、言及している。その論文で参照されているのは、春口徳雄「ロール・レタリング(役割書簡法)による感情移入に関する考察」である。

*6:著者自身は、「さびしさ,辛さ,ストレス,悲しみをどう吐き出させるかが臨床家として必要なことだと考えています」と述べている(前掲岡本「受刑者に対するロールレタリングを用いた支援の研究」 )。

*7:著者は次のように述べている(前掲岡本「受刑者に対するロールレタリングを用いた支援の研究」 )。

固く心に誓う。これも必要ですが,固く心に「もうやりません」と誓うのも必要ですが,ストレスを生む。頑張らないといけない。弱さを見せたらいけない,しっかりしないといけないパターンになる。これだけでは弱い。「人にどんなに頼って生きていけるか」というところにいくのが私の改善指導の目的になっています。

*8:中村裕子は次のように述べる(「バルネラビリティ概念の考察─ソーシャルワーカーの実践への示唆─」https://ci.nii.ac.jp/naid/120006583651 )。

そういった「弱さ」の肯定的な主張に対し,児島(2013:124)は「『弱さ』のすべてを肯定してよいものか」と投げかけ,「弱さ」の意味内容を精緻に整理する必要性があるとしている。貧困や孤立などへの陥りやすさといった特性という意味での「弱さ」について,「放置することの許されぬものである」と指摘し,身体そのものの「弱さ」とひとつながりに論じるべきではないと断じている。また,個人の「弱さ」なのか,社会の「弱さ」であるのかといった区別をつけて吟味するべきであるとしている。確かに,「弱さ」による相互の承認は人のつながりを生むとされるが,それが何故生じるのかという構造については議論の余地があるように思われる。

 「弱さ」が人と人とのつながりを生むとしても、そこでいわれる「弱さ」とは具体的に何なのか、その吟味を欠かすことは出来ない。また、なぜ「弱さ」による相互承認が人のつながりを生むのか、という問題については、また追って論じていきたいと思う(たぶんやらない)。
 なお、上記引用部で参照されているのは、児島亜希子「理論・思想部門(2013年度学界回顧と展望)」である。