人口問題は怖い、でもデフレはもっと怖い(?!) -藻谷浩介『デフレの正体』評について(2)-

 以下、前回の記事の続き。


マクロ経済学と期待■

 三点目。藻谷氏は「投資が腐る」なる表現を用いて、ファイナンス理論は期待収益の概念があるのに既存のマクロ経済学は貯蓄があり、投資がなされればとにかく経済成長するという前提を敷いてはいないか?という旨の問い掛けをしている。/藻谷氏は何を言っているのだろう。期待収益率の概念はもちろん割引現在価値、資本係数、長期・短期の均衡実質金利の概念だってあるというのに。

 実際、Wikipediaの現代ポートフォリオ理論の項目によると、 「裁定価格理論は1976年ステファン・ロス(en)によって考案された。期待収益率をマクロ経済学に関係する様々な要因を説明変数とした線形代数の形でモデリングしている。説明変数としてはGDP物価上昇率、為替レート、失業率などが挙げられる。APTはCAPMと比べて仮定の制限が少ない」とあります。他の用語については、めんどくさいのでお調べください。
 まあ、リフレ派は、期待インフレ率の話をよくやっていますが。
 

■デフレだから円高なんです■ 

終わりの四点目は『リフレ論者』への批判に絡む。藻谷氏は貿易収支黒字・所得収支黒字の話で過去の円高不況に触れながら、現在の国際貿易において端的には中国の低賃金労働力などによりデフレは止まらないと述べる。/藻谷氏は暗に固定相場制を前提に敷き、為替レートの調整を忘れているようだ。為替レートと物価の関係など知らず、ましてや為替介入の際の非不胎化と不胎化の違いなど決して知らないに違いない。

「中国の低賃金労働力などによりデフレは止まらない」というなら、他国は何でデフレじゃなかったんでしょうかね。
 以前引用しましたが、「デフレになったのは、中国から安いモノが大量に輸入されたからだとか、ITなどの技術進歩のためであるといった説明のほうが分かりやすいであろう。しかし、この説明では、日本同様に、あるいはそれ以上に中国から安いモノを輸入し、日本以上にIT革命が進んでいる国がデフレになっていないという事実を説明できない」。(注1)これに尽きます。
 「為替レートと物価の関係」というのは、要するに、国内物価が上昇すると円安、国内物価が下落すると円高、という関係のこと。中国はともかくとしても、【中国の安いモノ・IT技術→値下げ競争→デフレ】というのは、正確ではなくて、因果関係はむしろ次の通り。【総需要不足・デフレの現状→そして円高へ→他国からの輸入品が、実質より安くなる→値下げ競争地獄】。こちらの要素の方が強いでしょう。デフレは、結果ではなくて、むしろ原因として把えるべきですな。
 なお、「不胎化介入」とは、「為替介入に際して外貨売買の結果、自国通貨の量が増減する場合に自国の通貨の増減を相殺するような金融調節を実施することによって、為替介入後も中央銀行通貨量が変化しないようにする外国為替市場介入」のこと。(注2)例えば、「急速な円高に対しての円売り介入では、売りオペで同額の円資金を吸収する」こと。円を売って、そのままにしておくとインフレになるから、それを防止するために、円資金を吸収するわけで。介入しておいて、売りオペ・買いオペをしないことを、「非不胎化介入」といいます。


■つまるところ、人口問題「も」、重要なのです。■
 最後に、「藻谷氏のデフレ・人口オーナス説の疑わしさはロシアを引き合いに出せば充分であろう」とあります。まあ、ロシアのことは分かりませんが、以前こちらは、「「日本が本格的にデフレに陥ったのは1998年から、(略)人口減少ペースはその時点においてはドイツと同程度」「しかしドイツはデフレに陥っていませんし、他の先進国も同様」 ←人口問題で全部を片付けるな、と。」と書き込んでおります (注3)。人口減少している国のうち、デフレにはまってさあ大変、なのは究極的には日本だけです。
 その他、「カナダもオーストラリアも絶賛少子高齢化中だがデフレになってないし経済は成長しています」という反論や、「95年当時、日本より高齢化率の高い国はあったし、その後、日本以外の国でも高齢化が進んだが、デフレなのは日本だけ」という反論もあります(注4)。
 実際、とあるデータによると、韓国とドイツは確かに結構な高齢化です(注5)。はて、両国はデフレでしたっけな。要するに、他国の状況をかんがみると、現在の日本のデフレは、人口問題が主因ではない可能性が高いわけです。もちろん、原因の一つではあるでしょうが。つまり、両方解決すべきなのです。←結論


(注1) 拙稿「「よいデフレ論」は新聞社には好都合 岩田規久男『日本銀行は信用できるか』(1)」より孫引き

(注2) 「不胎化介入 - Wikipedia」より。なお、『Baatarismの溜息通信』様の記事「今回の円高パニックも、原因はデフレと金融緩和の欠如ということです」は、そのタイトルどおり、「経済学者やエコノミストの中には、実質実効為替レートを理由に今回の円高は問題ではないと主張する人もいるようですが、このように実質実効為替レートの意味をきちんと考えれば、円高の原因はデフレであるということを示している」と主張しております。
 然り。円高が問題というより、その根本原因としてのデフレが問題なのですな。こっちを先に解決しましょ。
 (2010/10/16追記: 上の「『『Baatarismの溜息通信』」と表記した箇所ですが、himaginary様のブログ名と間違っておりました。長く気付かずに放置しておりましたこと、お詫び申し上げます。)

(注3) 記事「長期デフレの主因は人口減少と高齢化? - DeLTA Function」へのはてブコメントより。なお、記事本文は消滅しております。
 なお、人口と日本経済との関連については、良記事「人口とGDP」(『himaginaryの日記』様)が読まれるべきです。

(注4) 「404 Blog Not Found:景気の波より人口の波 - 書評 - デフレの正体」への、cybo様と、API様の、はてブコメントより。

(注5) 「図録▽主要国における人口高齢化率の長期推移・将来推計」(『社会実情データ図録』様)をご参照ください。
 
(終)


(追記) 実は、後々調べてみたら、すでに『デフレの正体』に対する実に丁寧な批判は存在していました。『教材研究 高校 政治経済 現代社会 高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門 日経』様の一連の記事です。カテゴリとして、「藻谷浩介『デフレの正体』」の項目が設けられておりますので、そちらをご参照ください。
 お詫びといってはなんですが、その『デフレの正体』評の中身について、幾つか、かいつまんでご紹介をさせていただきます。

?「貿易黒字=その国の豊かさ」ではない
 貿易黒字額とは、あくまでも「外国への資金の貸出額」に過ぎず、「国全体の貯蓄超過」をあらわすものです。だから、「貿易黒字はどこへいったのか」の答えは,「海外の資産になった」であって、「「日本人の生活そのものが豊かになることを,必ずしも意味しない(岩田規久男(学習院大学教授) 『国際金融入門』岩波新書 1995 p44)」のです」。
 逆に、「好景気になると貿易黒字は縮小する」状態になります。

?日本が外需主導なんて、ウソです。
 「日本は、とっくに内需型です。外需主導なるものが、そもそも神話です」とのこと。グラフを見ると確かに圧倒的です。

?デフレは、先進国では日本だけ。
 曰く、「生産年齢人口が減り、高齢者が増え、買うものがなくなった」では、論証にならないとのこと。また、「各国の高齢化率(65歳以上の全人口に占める割合)は、日本だけが突出して高い(高かった)わけではありません」。
 拙稿も、同意見です。

?金融資産とは、帳簿の上にしか存在しない。
 1400兆円も計上される金融資産は、実際はその実体はない。帳簿上存在するだけです。「現在の預金準備率は、0.01%なので、計算上、銀行は100万円を日銀に積立て金として当座に預け入れるだけで10,000倍の100億円(正確には99億9900万円)、帳簿上存在しますが、「実態は無い」お金を、個人や企業に貸し付けることが可能になります」。


(コアコアな追記) コアコアCPIという指標があります。Wikipediaを見て分かるように、「インフレ、デフレ基調の度合いを見るときには、生鮮食品の価格は天候等の条件によって大きく変わるため、生鮮食品を除いた指数 コア CPI が使われる。また、エネルギー価格の変動が コア CPI に影響を与えるため、食料及びエネルギーを除いた指数 コアコア CPI が加わった。日本以外では食料及びエネルギーを除いた指数を コア CPI と定義している」のです。
 リフレ派の多くは、このコアコアCPIを指標として用います。つーか、日本の場合、物価を判断するなら、まずこれを使うのですが。
 問題なのは、このWikipediaにあるグラフ。なんだか、図だけ見ると、物価が上がっているように見えます。でも良く見るとこれ、「前年同月比」なんですよね。(以前、某前田氏が、少年犯罪のときに使った手口に似ているような……)
 実際の数字は、例えば「回復の兆しを見せる雇用とさらに深い底に達しつつある消費者物価」(『吉岡家一同おとうさんのブログ』様)のグラフをご参照ください。
 コアコアCPIの数字、下がってます。一応下がっていますね。デフレです ←結論。
 こういう小さい勘違いは、いけません。皆様、お気をつけを。


(デフレは起きているよ、という追記)
 なお、大瀧雅之「デフレは起きていない―現代日本の作られた悪夢―」が雑誌『世界』(2010年11月号)に掲載されています。一読するに、なんじゃこりゃ。論調は、むかし「大瀧雅之(編)「平成長期不況」」という記事で、bewaadさんが論難(?)していた内容と同じ。見事なまでのブレのなさ。銀行悪玉論ですか。
 で、デフレは起きてないという論拠ですが、何じゃこりゃ。macron_様がつぶやいておられるように、「CPI(総合指数)を使ってる時点でアウト」ですな。先生、コアコアしてください。
 コアコアCPIについて「日本の場合、物価を判断するなら、まずこれを使うのですが」って、さっき自分で書いちゃったんですが。どうしてくれるんですか、大瀧先生。
 あと、リフレ派のなかに、貨幣増やせばデフレ脱出、なんて考えてる華麗な御仁は存在しません。それは、反リフレ派の心の中にのみ住まう、藁人形さんです。
 例えばインタゲ政策は、政府・中央銀行が確たるコミットメントを市場に約束することで、期待インフレ率を上げるという、市場心理への間接的なアプローチがメインだとおもうけど。いっそ一度、浜田(宏一)先生と話し合ってくださいな。人間、話し合いが大切だと思います。

2010/10/16 一部改訂及び追記