リフレと再分配、及び信頼醸成の失敗について -左派勢力こそリフレ政策の開拓市場?

■再分配とリフレの関係■
 「左翼的価値観の望むことを実現するためには、不況の脱却は必要条件だということです。十分条件ではないかもしれないが、必要条件」という松尾匡先生のご意見です(注1)。再分配という問題についてなら、まったくその通りです。
 「たしかにリフレ左派の非力さのために、リフレが実現しても我々の望んだものは当面得られないかもしれない。しかし、それを求めるための闘いは今よりもはるかに容易になる。これは間違いないことです。」パイが多い方が、再分配も比較的求めやすいわけですし。
 では何が問題なのか。

■左翼・左派とリフレの微妙な関係■
 「リフレは魅力的なツールだと思うんで支持したいところですが、その政策の旗振りをしている政治家連中がアレな輩ばかりなら支持はできなくなりますな。それはソノトオリです」(注2)。ここで持ち上がる問題は、歴史修正主義的な思考の持ち主である政治家が、リフレ政策を支持している場合、左派はそれを支持してもよいのか、という問題です。
 「リフレ政策によってパイそのものが拡大しても、人権や再分配に反感を持つないし無関心な為政者ならば、労働者のパイの取り分がちょっとだけ増えるだけにおわるって可能性もあるわけで。」という懸念はごもっともです(注3)。
 左派として、彼らに投票して欲しい、というのは無理でしょうね。ならばどうするか。

■リフレ派の真価を!! 左派の支持者を増やせ■
 「左派からすれば歴史修正主義者=レイシストでない議員にリフレ政策を支持するよう促すことはできても、リフレ政策を支持する歴史修正主義者を落選させることができるのは非左派だけじゃないですか? 」(注2)。
 これを見たとき、ひらめきました。なるほど、「左派からすれば歴史修正主義者=レイシストでない議員にリフレ政策を支持するよう促す」という方法があります。この方法を使いましょう。左派は、その種の議員にロビイングして、リフレ政策を説いてみるというのも、方法としてあります。まあそれ以前に、この仕事は、左派ではなくて、本来(左右関らず)リフレ派がやるべき仕事なのです。地道かつ困難な作業ですが。
 「リフレ派政治家がクルーグマンじゃなくてアイヒマンだったら、それでも支持するの?」という問いもあるそうな(注3)。ならば、アイヒマン議員を見捨てて、アレント議員にリフレ政策の有効性を説くのが、一番です。アレントは左派じゃない、というツッコミは禁止です。
 「リフレ政策の必要性が広く認められて多数決でリフレ政策が選択されるのを望んでいます。ていうか、そうじゃないと内閣変わるたびひっくり返されたんじゃ意味ないですから」(注3)というふうに、制度の持続性を考慮するなら、リフレ派は地道に、左派にその功徳を説くべきでしょう。万一左派政党が政権を取っても、インタゲをやってもらわないといけないわけだから。

■まずは、日銀法改正からやってみましょう■
 「「リフレを積極的に支持しない奴は見殺しにしているのと一緒」なんて脅迫は不当ですよ。」というのもその通りでしょう。リフレ派にとっては、【リフレに賛成しないなら敵ではなくて、リフレに反対しないなら味方】という戦略が必須です。ごり押しこそ禁物です。左派やリベラル派に、リフレ政策の支持者を徐々に増やす戦略のほうがいいです。
 まずは何をしたらいいのでしょう。何から合意してもらえるでしょうか。優先順位を考えて見ましょう。
 「欧州社会党社会主義インターナショナル、欧州左翼党といった団体がはっきりと完全雇用を目指していることが紹介されています。団体によっては中央銀行の金融政策の優先順位を完全雇用に向けさせることまで踏み込んでいるんですね」(注4)。そういえば米国の中央銀行様も、雇用の保証にまで踏み込むことが義務付けられていたはず。早速左派は、日銀に雇用までも責任を持たせるよう、主導すべきです。 難しい?
 それ以前に、中央銀行の責任を明確にする作業こそ必須です(責任を被らないで超高給取れるわけですから、今の日銀総裁の地位こそ、真に批判されるべきでしょう)。これも、左右にあまり反対なく、合意できることのはずです。
 左右ともに合意できるところから、政策を推進していくべきだ、と思います。まず必要なのは、合意できるところから合意していくことです。まあ基本ですけど。

■リフレの父・石橋湛山に学ぶ■
 「緊急性を考えた場合、再分配強化とリフレ政策とどっちが素早く実施できて効果があらわれるかという話はあると思います。配り先を組み変えるには多方面の利害調整が必要になり政治的にはかなり困難だと思うので、僕はリフレの方が早いと考えています」(注3)。賢明な判断です。
 もちろん。究極的には、両方やるべきことではあります。再分配もリフレも、両方を視野に入れていたのが、リフレ派の父である石橋湛山だったのです。彼が言っていたのは、厳密には、インタゲではなく、「物価水準ターゲット」であったようですけどね。
 詳細は、安達誠司『脱デフレの歴史分析』をご参照ください。

■左派も経済成長を気にしよう、気にするだけでもいいので■
 「「切迫」しているなら「まずは再配分を」というのが多くの左派の主張であるわけですが、そうすると「財源」についてのお決まりの反論がくるわけです」(注3)。財源不足という言葉が、再分配を不当に拒否する行動を正当化する場合というのは、たしかにあります。
 しかし、ここで論じるのは、本当に財源不足の場合です。
 その場合、?どのように再分配を社会的に合意させるのか、また、?させたところで負担が比較的重くなるはずの中間層からの「反乱」にどう対処するのか、という課題が発生します。(?を防ぐために、北欧諸国は「大きな政府」にならざるを得なかったわけです。「大きな政府」は、究極的には中間層対策です。)
 「財源不足」の状態で、再分配を求める場合、最悪社会に亀裂が生じます。こういう「衝突」を緩和するために、リフレ政策が必要になることは、左派においてさえ理解されるはずです。
 しかしさらに、財源を問題にするのなら、左派は、経済成長と、それをもたらす手段についても、自身の考えを持つべきでしょう。再分配の要求だけだと、【くれくれ君】などと思われて、かえって立場が悪くなるだけでしょう。
 「財源」を述べるのなら、経済成長をどうするのか、という課題をも背負う必要が、左派にはあるかと思われます。難しい課題ですが。
 (左派が再分配を求める際は、ロールズの正義論に見られるような、確固とした「理論」を持つことが必須でしょう。)

■リフレと、信頼醸成の失敗■
 何よりも、これはあらゆる政策(年金制度とか)の前提ですが、リフレ政策(特にインタゲ政策)は、期待インフレを持たせるような信頼ある制度構築こそ肝要です。その信用構築と醸成こそ肝だったはずなのです。重要なことは、約束を守ること、そういう制度を維持するという約束を果たすこと。(一部の)リフレ派が、他者にごり押しを続けるかぎりは、インタゲ採用とその持続的運用は夢のまた夢です。信頼醸成を前提とする内容の政策なのに、その政策自体への信頼を自分たちの手でぶっ壊した、といったらいいすぎでしょうか。

(了)


(注1)「小野善康さんからお電話をいただいた件ほか」『松尾匡のページ』様。以下の出典は、コメ欄のものも含みます。

(注2)「そういや……」『Apes! Not Monkeys! はてな別館』様

(注3) 「金子洋一氏に投票した件」『児童小銃』様

(注4) 「完全雇用マニュアル入門編:松尾匡著「不況は人災です!―みんなで元気になる経済学・入門」」『Demilog』様


(追記) 参考までに、これまでリフレに関して書いてきた拙記事についても、ご紹介しておきます。


(更に追記) 

minazuki6  最後の段はなんかこじつけぽい あと、現在の日本では左派でない人間が純粋にインタゲ政策実現だけを目指すなら左派の説得は必要ないと思う。

 以上のコメを、はてブにいただきました。
 最後の段というのが、何を指しているのか分かりませんが、こちらの本文全体がこじつけめいているので、反論はしません。
 「現在の日本では左派でない人間が純粋にインタゲ政策実現だけを目指すなら左派の説得は必要ない」とのことですが、これについては半分首肯します。仮に「非左派」が日本の過半数を超える場合、彼らが「インタゲ政策実現だけを目指すなら」、確かに左派の説得は不要です(ここでの「左派」は、政治的な意味での「左派」です)。しかしもちろん、minazuki6氏も承知でしょうが、これは仮定の話です。仮定に過ぎませんよね。
 「左派でない人間」のなかでさえ、インタゲ政策を目指してくれそうな人はそれほど多くなさそうです。池ナントカ先生とか、某「金融日記」の人とか、広く「新自由主義的」と呼びうる人々は、インタゲ政策を受け入れるとは思えません。
 「左派でない人間が純粋にインタゲ政策実現だけを目指す」事が望めないなら、左派を説得する必要があります。幸い、今回の件で、左派に分類される人々の少なからずは、リフレ政策にはむしろ好意的だと判明しました。日本の左派こそ、リフレ政策を広めるべき潜在的ターゲットなのです(強制改宗は当然禁止ですが)。
 欧州のソシアル勢力(分かりやすくいうと「大きい政府」支持派)が、リフレに賛同していることを考えれば、日本の左派にも受け入れられる余地はあるはずです(日本の左派も、政府機構がマトモに機能するならば、大きい政府による高福祉・高負担を受け入れる用意はあると思いますし)。そのためにも、社民党共産党は、『不況は人災です!』を読んで、さっさとリフレ政策を受け入れなさいよ。みんなの党」から、潜在左派の票が流れてくるよ、たぶん。そう思います。

2010/8/31 一部追記済