すごいタイトルだが、わりあい内容はまともであるように思う ―岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』を読む―

 岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』を読んだ。

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

  • 作者:岡本 茂樹
  • 発売日: 2013/05/17
  • メディア: 単行本
 

 内容は紹介文の通り、

犯罪者に反省させるな―。「そんなバカな」と思うだろう。しかし、犯罪者に即時に「反省」を求めると、彼らは「世間向けの偽善」ばかりを身に付けてしまう。犯罪者を本当に反省に導くのならば、まずは「被害者の心情を考えさせない」「反省は求めない」「加害者の視点で考えさせる」方が、実はずっと効果的なのである。「厳罰主義」の視点では欠落している「不都合な真実」を、更生の現場の豊富な実例とともに語る。

という内容。
 著者は、反省文をただ書かせるだけでは、真の意味での内省的「反省」は得られないと述べている。*1
 すごいタイトルだが、わりあい内容はまともであるように思う。

 以下、特に面白かったところだけ。

被害者の心情を理解させることの逆効果

 このプログラムは、ある意味では、社会での生きにくさを増加させることにつながってしまい、社会不適応を促進しているのかもしれない (87頁)

 浜井浩一『2円で刑務所、5億円で執行猶予』という本からの引用である。
 ある研究結果を引用している。
 それによると、被害者の心情を理解させることは、彼らがいかに社会的に非難されることをしたかを理解させることであり、結果、加害者側に大きな重荷を背負わせることになるという。
 そして、こうしたプログラムは再犯を促進しさせると述べる。*2

自分の本音と向き合う

 往復の手紙ではなく、「自分から相手へ」の形でロールレタリングを書き進めることが有効である (106頁)

 著者としては、ロールレタリングは心の中にため込んだいやな思いや感情を吐き出すところに効果があるという。*3
 著者の方法は、加害者を自己中心的な意識に留まらせ、他者への顧慮を失わせるようにも思える。
 しかし、著者は他人の目を気にすることは、

結局は自分のことを考えているのです (192頁)

という。
 他人からよく見られたいという意識が隠れているというのだ。
 それもまた一種の「自己中心的」なありかたである。
 著者は、他人の目ばかりを気にしているのではなく、自己(の本音)に向き合うことから、始めさせようとするのである。*4
 その困難さは、語るまでもないだろう。

非行はチャンス、弱さは「財産」

 子供の問題行動はチャンス (50頁)

 子供が問題行動(非行)を起こしたか考える機会を得られる、というのがその理由である。
 しんどい気持ちを「発散」する側面もあるようだ。

 よく話してくれたなあ (186頁)

 子供が不満やストレスといった否定的なことを話すのは勇気がいることである
 本人にとって、恥ずかしいことであるからだ。*5
 だから、子供が本音を言えたら、よく話してくれた、ありがとう、ということが重要だと著者は述べる。*6

 自然と出る弱さは、その人にとって「宝物」とさえ言える。 (206頁)

 弱さというのは、意識して作れるものではない。
 それはその人固有の「財産」であるという。*7
 そして、その「財産」は人とつながるためには欠かせないのだ、と。*8
 至言というべきであろう。

 

(未完)

 

*1:著者自身は次のように述べている(「学部共同研究会 私の研究 受刑者に対するロールレタリングを用いた支援の研究 : 反省と更生に導くための重要な視点」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005952388 )。

反省文を書かせることは一番やってはいけないことだと思っています。反省文を書かせると「すみませんでした,申し訳ありませんでした」となって何も深まらない。自分の内面を見ない。立派な反省文を書けるものほど悪いという考え方もあります。少年院は再犯率が7割くらいある。そういう少年の反省文を見ると立派な反省文が書ける。矯正教育がうまくいっていないのは反省させようということが大事にされて,立派な反省文が書けたことでヨシとなっている。表面ではちゃんとしたものを書いて裏で舌を出している状況になっている。

*2:著者(岡本)は次のように述べている(「受刑者支援にエンプティチェア・テクニックとロールレタリングを導入した面接過程」https://www.ja-gestalt.org/information/thesis/thesis-g.html 
*註番号を省略して引用を行った。 )。

疫学的手法を用いて,犯罪対策の効果を研究しているキャンベル共同計画によると,「被害者の心情を理解させるプログラムは,再犯を防止するどころか再犯を促進させる可能性がある」という驚くべき報告をしている。この研究に携わっている浜井は,「あくまでも仮説であるが」と断ったうえで,再犯を促進させる理由として「被害者の心情を理解させることは,ある意味では彼らがいかに社会的に非難されることをしたのかを理解させることであり,自己イメージを低めさせ,心に大きな重荷を背負わせることになる。 (以下、引用者中略) 

なお、岡本は言及していないが、当該の計画のなかでも、怒りのコントロールを取り入れたプログラムの方は、再犯を防止したという(浜井浩一『2円で刑務所、5億円で執行猶予』(光文社、2009年)、85頁)。

*3:浜口恵子は次のように述べている(「中学生の自尊感情へのロールレタリングによるアプローチ」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005625019 )。

岡本(2012)は、「RL の最大の効果はカタルシス効果にある」とし、否定的感情をため込まず、外に出すことが大切と述べている。さらに、否定的感情が吐き出されると、肯定的感情に気づき、自己理解が得られると述べている

参照されているのは、岡本の『ロールレタリング: 手紙を書く心理療法の理論と実践』である。

*4:岡本自身は次のように述べている。

RL で自分の本音を出すと,自分の中に押し殺してきた感情に気づき,自分にとって問題となっていた影の部分が見えてくるようになる.自分のことが分かるようになると相手のことも理解できるようになる.相手が理解できると,相手の弱さや弱点がみえてきて自然と相手に優しくできる

出典は先述した『ロールレタリング』、朴順龍「韓国におけるロールレタリング技法を活用した受刑者教育プログラムの開発及び効果に関する研究」(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11050156 )からの二次的引用である。

*5:「本音を訴えれば悪く評価され,弱点を暴かれるような感じがして率直な気持ちで接することができないという治療者に対する秘密」という点は、先述した朴順龍論文も、言及している。その論文で参照されているのは、春口徳雄「ロール・レタリング(役割書簡法)による感情移入に関する考察」である。

*6:著者自身は、「さびしさ,辛さ,ストレス,悲しみをどう吐き出させるかが臨床家として必要なことだと考えています」と述べている(前掲岡本「受刑者に対するロールレタリングを用いた支援の研究」 )。

*7:著者は次のように述べている(前掲岡本「受刑者に対するロールレタリングを用いた支援の研究」 )。

固く心に誓う。これも必要ですが,固く心に「もうやりません」と誓うのも必要ですが,ストレスを生む。頑張らないといけない。弱さを見せたらいけない,しっかりしないといけないパターンになる。これだけでは弱い。「人にどんなに頼って生きていけるか」というところにいくのが私の改善指導の目的になっています。

*8:中村裕子は次のように述べる(「バルネラビリティ概念の考察─ソーシャルワーカーの実践への示唆─」https://ci.nii.ac.jp/naid/120006583651 )。

そういった「弱さ」の肯定的な主張に対し,児島(2013:124)は「『弱さ』のすべてを肯定してよいものか」と投げかけ,「弱さ」の意味内容を精緻に整理する必要性があるとしている。貧困や孤立などへの陥りやすさといった特性という意味での「弱さ」について,「放置することの許されぬものである」と指摘し,身体そのものの「弱さ」とひとつながりに論じるべきではないと断じている。また,個人の「弱さ」なのか,社会の「弱さ」であるのかといった区別をつけて吟味するべきであるとしている。確かに,「弱さ」による相互の承認は人のつながりを生むとされるが,それが何故生じるのかという構造については議論の余地があるように思われる。

 「弱さ」が人と人とのつながりを生むとしても、そこでいわれる「弱さ」とは具体的に何なのか、その吟味を欠かすことは出来ない。また、なぜ「弱さ」による相互承認が人のつながりを生むのか、という問題については、また追って論じていきたいと思う(たぶんやらない)。
 なお、上記引用部で参照されているのは、児島亜希子「理論・思想部門(2013年度学界回顧と展望)」である。

満漢全席なるものが、清朝の宮廷で皇帝に出された事実はない(その他諸々の話題) -石橋崇雄『大清帝国』を読む-

 石橋崇雄『大清帝国』を読んだ。

大清帝国 (講談社選書メチエ)

大清帝国 (講談社選書メチエ)

 

 内容は紹介文の通り、

満洲族の一小国が、飽くなき革新力により、巨大な中華世界を飲み込む。その力は中華世界を越え、中央アジアへ進出し、イスラムをも取り込んだ空前の大版図を築く。華夷秩序を超越する世界帝国の体現者=清朝。それは、満・蒙・漢・蔵・回五族からなる、現代中国の原型だった。康煕・雍正・乾隆の三代皇帝を中心に、その若々しい盛期を描く。

という内容。
 大清帝国の多民族性を軸に、ヌルハチから乾隆までたどっていく、というのがメインである。
 初心者にも安心の中身である。
 だが、今回は、本書の主軸をあえて避けて、諸々書いていきたい。*1

 以下、特に面白いと思ったところだけ。

満漢全席は、宮廷で皇帝に出されてはいない

 満漢全席なるもの、清朝の宮廷で皇帝に出された事実はない (18頁)

 清朝の宮中では、満席(計六等席)と漢席(計三等席と上・中席の五類)からなるが、一緒に出されることは禁じられていたという。*2 *3 *4

 満漢全席は、1764年の李斗『揚州画舫録』に記された「満漢全席」の語が初出だろうという。*5
 そして、揚州を中心に18世紀中葉の江南で始まり、民間で広まっていった。
 背景には、乾隆帝六度にわたる大規模な南巡にあるのでは、と著者はいう。
 江南は、本書でも重要なものとして扱われているが、詳細は実際に読んでみてほしい。

清朝も称えた鄭成功

 清朝でさえ。彼を称え、諡号を贈り、廟の建設を許可したという (142頁)

 鄭成功は、台湾を新たな拠点とした。
 そして、その後、台湾をオランダから解放した英雄として、廟にまつられることとなった。
 清朝も彼を称えた。
 諡号を贈り、廟の建設を許可してもいる。*6
 いうまでもなく、日本でも人気は高い(『国姓爺合戦』等の演目)。

ダライ=ラマの称号と茶馬貿易

 ダライ=ラマの称号に象徴されるように、チベット仏教界とモンゴル民族とは深い関係を持つようになった。 (143頁)

 アルタン=ハンがゲルク派に改宗した際、ソナム=ギャツォに与えた称号が、ダライ=ラマである。

 「海」を意味するモンゴル語の「ダライ」、「師」を意味する「ラマ」の合成である。*7

 アルタン=ハンの改宗をきっかけにモンゴル全域にチベット仏教は広まった。

 

 本書では、ダライ=ラマ5世の話も出てくる。
 彼は清朝に対して、危機感を覚え、外モンゴルも含む、全モンゴル勢力を傘下に置いて、清朝に対抗しようとした。
 三藩のうち呉三桂と結んで清朝をけん制しようと図り、清朝に無断で雲南側(呉三桂)と茶馬貿易などを行っている*8

 

(未完)

 

*1:主軸を知りたい人は、楠木賢道による本書書評を参照願いたい。https://ci.nii.ac.jp/naid/110002363446 

*2:松本睦子「北京料理と宮廷料理について」(https://ci.nii.ac.jp/naid/110009555490 )も、論旨は著者と異なるが、「満漢全席」が宮廷料理と異なるものだと述べている。

*3:ウェブサイト・『エグゼクティブ・パートナーズ』の記事・「中華料理の楽しみ方」には、次のようにある。

清朝初期の頃は満席しかなかったが、康熙帝(在位1722~1861)の時に漢席も用いられるようになった。その後、宮廷の宴席は満席、漢籍,奠籠、誦経供品の四大席に定められた。満席は上位3等級と下位の3等級の計6等級に分けられていた。上位三等級大席は皇帝、皇后、妃嬪の死後の追悼宴、次に下位の三等級大席は三大節(冬至、元旦、清明節)、皇帝の結婚披露宴、各国の進貢施設に賜る宴や降嫁する公主達の宴席などであった。漢席は皇帝が大学を視察する時、文武の試験官が試験場に入る時、書籍の編纂完成日などの宴席であった。

やはり、満席と漢席は分けて行っていた、という書き方である。

*4:さらに。

 「光明日報」の記事「想象之外:歴史上的清宮宴」(http://epaper.gmw.cn/gmrb/html/2019-01/26/nw.D110000gmrb_20190126_1-10.htm )によると、「大清会典」の73巻「光禄寺」などの資料には、満席と漢席はシチュエーションごとに細かく分かれていた(そして、宮廷で同時に行うことはない)ことを示す記述があるようだ。

 記事に出てくる李宝臣氏は、「満漢全席」というのは清滅亡後に、民間の店が清朝の宮廷の資料をもとに始めたものであって、清朝とは関係がないのだ、という立場である。これは、清朝と満漢全席とのつながりの薄さを指摘する点で、著者(石橋)の見解と親和的である。

*5:なお、早稲田大学古典籍総合データベースの『揚州画舫録』(https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru05/ru05_01120/index.html )の第四巻の該当箇所を見ると、「満漢席」と表記されている。

*6:1700年に、康熙帝鄭成功

「明室の遺臣に係り、朕の乱臣賊子に非らず」と、特に勅して鄭成功及びその子、経の両棺を故郷の中国福建省の南安に帰葬せしめ、廟を建てた。 (引用者中略) 明に最後まで「忠節」を尽くしたと、その「忠節」に着目してこのような措置を取った

 その後、1875年に、清朝政府によって、台南に「明延平郡王祠」が創建される。清朝政府(光緒帝)は、

鄭成功に「忠節」の諡を追号すると共に鄭成功の専祠を勅建し、国家の祀典に列し、春秋 2 祭を行うことを決定した。

こうして、「私廟(祠)としての『開山王廟』は、官廟としての「明延平郡王祠」に改変せしめられた」。「明延平郡王祠」創建を奏請したのは沈葆楨である。この人物は、「日本による台湾出兵に対抗して、清朝政府から3000人の軍を率いて台湾に派遣された国防、外交の欽差大臣」であった。
 以上、中島三千男「歴史・伝統の三度の創り替え -台湾 明延平郡王祠、開山神社を素材に-」より参照、引用を行った(https://irdb.nii.ac.jp/01292/0004076986 )。

*7:吉水千鶴子はソナム=ギャツォに与えた称号について、次のように述べている(「チベット仏教の世界 : 仏教伝来からダライ・ラマへ」ttps://ci.nii.ac.jp/naid/120005723554 )。

フビライの子孫アルタン・ハーンより「ダライ・ラマ」の称号を贈られた。「ダライ」とはモンゴル語で「広い海」を意味し、チベット語の「ギャンツォ」と同義である。チベットやモンゴルには海はないので、実際には湖を指す。

 『広報いずみさの (令和元年8月号)』の「国際交流員オギー通信」によると、

ウランバートル市から北部671㎞に位置するフブスグル県にあるフブスグル湖は、琵琶湖の約4倍透明度が高く、地元人から母なるダライ(海)と呼ばれ愛されています。

とのことである(http://www.city.izumisano.lg.jp/shiho/backnumber/2019/aug.html )。やはり、「ダライ」という語は、湖と親和的な言葉であるようだ。

 そのチベット語の「ギャムツォ(ギャツォ・ギャンツォ)」(rgya mtsho)もまた大海を意味しており、mtsho では湖を意味する。また、その言葉は、サンスクリット語の「サーガラ」、すなわち、大海や大きな湖を意味する言葉をも、連想させる。

 そういえば、中国語でも「海」は、「大きな湖」をも意味するはずである。また、日本でも、諏訪湖を「諏訪の海」と呼ぶ例もある。

*8:増田厚之も、呉三桂が「独自にチベットとの茶馬貿易を行っている」としている(「中国雲南の西南地域における茶の商品化―明清期の普▲・シプソンパンナーを中心に―」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005685560 *「▲」は、さんずいに耳と書く。)。 

個人的には、この小池和男批判が一番面白かったような気がする。(*日本女性の労働を歴史的にみる良書) ―濱口桂一郎『働く女子の運命』を読む―

 濱口桂一郎『働く女子の運命』を読んだ。(再読)

働く女子の運命 (文春新書)

働く女子の運命 (文春新書)

 

 内容は、紹介文の通り、

失われた20年以降、総合職というコースが用意された代わりに、“転勤も労働時間も無制限"に働けという。 さらには「少子化対策と女性の活躍」を両立させる、ですって――!? いったい女性にどうしろと言うのでしょう。 本書では富岡製糸場から戦争時、職業婦人、ビジネス・ガールといった働く女子の歴史を追いながら、男性中心に成功してきた日本型雇用の問題点を探っていきます。

というもの。
 2015年の本だが、内容は古びていない。
 日本の女性の労働を歴史的に見る良書である。
 以下、特に面白かったところだけ。

渋沢栄一と工場法の賛否

 有名な渋沢栄一氏も (引用者中略) 反対意見を主張しています。 (37頁)

 戦前の工場法についての話である。
 この法律は、何度も法案を作成しては業界の猛反対でつぶされた。
 渋沢栄一も、一方的な道理によって欧州のコピーのようなものを設けるのは反対、と主張していた。
 なお、著者も自身のブログで言及していたように、後年渋沢栄一は賛成に回るわけであるが、しかしながら、相変わらず企業家たちは反対したのである。*1

近江絹糸の人権争議

 戦後日本の労働争議で労働側が勝った事例自体がないに等しい (49頁)

 女性中心の労働運動が勝利を収めた数少ない争議、それが1954年の近江絹糸の人権争議である。
 労働組合側が全面勝利を収めたほぼ唯一の事例でもあるという。*2

結婚退職慣行の確立

 一九五七年には結婚退職慣行が確立します。 (53頁)

 トヨタの例である。
 一九五〇年の葬儀の時にかなりの女子を「排出」(追い出し)している。
 そして、入社時に結婚退職誓約書を提出させ、退職特別餞別金制度を設けた。
 結果、以降は事務系女子の平均年齢は20歳前後と若年短期型になった。
 辻勝次『トヨタ人事方式の戦後史』を参照して、そのように述べられている。*3

小池和男の知的熟練理論に対する批判

 実際に実行できたのは大企業だけであって、中小零細企業になればなるほどそんな高い給料は払えないから中年になると賃金カーブが平たくなるしかない (127頁)

 小池和男の知的熟練理論は、中小零細企業には当てはまらない、という指摘である。
 まあ、考えてみればその通りである。
 大企業正社員の中年社員と、中小企業の中年社員とで、賃金カーブに大きく差がつくほどの、それが正当化できるほどの熟練度なんて、普通に考えればあるわけもないのだ。
 そんなに熟練しているはずの中年社員を、不景気になったとたんにリストラ対象にするのは、おかしいはずなのだから。*4 *5
 個人的には、この小池和男批判が一番面白かったような気がする。

男女同一労働同一賃金原則が生まれた現実的背景

 できれば男の職場に女を入れたくないという気持ちに基づいた主張だった (146頁)

 ジョブ型社会で男女同一労働同一賃金が主張された背景である。
 いってしまえば、女の賃金が安いと、そっちが雇われてしまうから、賃上げしてしまおう、という発想である。
 それは欧州でも米国でも同様だという。*6

 日本型以外のジョブ型社会の男女平等政策 (157頁)

 そんなわけで日本以外での男女平等政策では、男女同一労働同一賃金はあまりにも当然である。
 だが、それだけではいかんともしがたい。
 そこで、同一価値労働同一賃金*7ポジティブ・アクション*8などの「いささか問題を孕んだ政策」を進めているのが現状だとしている。

残業代関係なく、働かせてはいけない時間

 ヨーロッパの週四八時間はそこで残業が終わる時間です。 (232頁)

 週48時間まで、残業時間もふくめて、仕事をさせることが可能になるのであって、それ以上は原則不可である。

 かつ、毎日必ず11時間仕事から離れて過ごす時間を、確保しなければならない。*9
 日本とはえらい違いである。
 これは、以前の著者の著書でも述べられていたはずの事柄だったと思うが、とても大事なことなので、念のため書いておく。

 

(未完)

 

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*1:http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-9402.htmlにおいて、著者は渋沢栄一の工場法賛成について言及している。なお、その後の経過については、谷敷正光によると次のとおりである(論文「「工場法」制定と綿糸紡績女工の余暇--工場内学校との関連で」https://ci.nii.ac.jp/naid/120006610530 )。

綿糸紡績連合会は深夜業禁止規定(同法実施 10 年後に深夜業を禁止する)に猛烈に反対し,法案通過の見込みがたたず,政府は明治 43 年2月「調査修正」を名目に同法案を撤回している。

深夜業の扱いがネックとなった。結果、「『工場法』公布にもかかわらず,紡績業にとって 20 数年間何ら影響を受けることなく,劣悪な労働条件は存続した」と谷敷は書いている。

*2: ところで、本書にも出てくる話題であるが、この人権争議の労働側の要求項目には、仏教の強制絶対反対というのが存在している。会社が押し付けたのは、浄土真宗西本願寺派の教義であった。

 ただし、実態としては、

近江絹糸の企業力が拡大強化されていく中で地域の宗教者に対して社長の経営方針が色濃く反映されるようになり、教育方針に注文がつくようになり、宗派の教義に忠実で熱心な宗教者と社長との間に対立が生まれ、だんだんと離れていくことになったものだった。会社としては、社の経営方針を受け入れる者に限定するようになっていった。

という具合だったようだ(朝倉克己「人権争議はなぜ起きたか」https://uazensen.jp/sinior/history/ )。

 なお、九内悠水子によると、近江絹糸の経営者である夏川自身が、熱心な浄土真宗の信徒であり、郡是(グンゼ)製糸の工場においてキリスト教によって教育をしていたのを見て、自社では仏教で実践しようとしたきっかけのようである(「三島由紀夫『絹と明察』論 : 駒沢とコミュニティの関わりについて」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005367849、134頁)。

*3:遠藤公嗣による、当該書書評https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2012/toc/index.htmlによると、

女性社員の定年到達者が非常に少ないことである。1957 ~ 74 年合計の女性採用者数は 5246人であったが,その定年到達者数は 52 人であって,到達率は 0. 98%であった(305 頁)。

また遠藤は、「大企業における女性社員の定年到達者数と到達率が研究文献で明示されたのは,これが最初であろう」とも述べ、本書を基本的に高く評価している。

*4:著者は、次のように述べている(「日本型雇用と女子の運命」http://hamachan.on.coocan.jp/suirensha.html )。

労働経済学からこれを援護射撃したのが小池和男の知的熟練理論であった。大企業と中小企業の年功カーブの上がり方の違いをその労働能力の違いから説明するこの理論は、その「能力」を企業を超えた社会的通用性を欠いたミクロな職場の共同主観に立脚させることによって、あらゆる待遇の格差を客観的検証の不可能な「能力」の違いで説明できる万能の理論となった。 (引用者中略)  しかし、その前提の存在しない日本にこのロジックを持ち込むと、実際には上述の経緯によって産み出された生活給的年功賃金制を、その経緯を表面上抹殺して「能力」の違いで説明してしまうものになってしまう。

*5:遠藤公嗣は、次のように言及している(論文・「賃金」https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/oz/contents/?id=2-001-9000493 )。

小野旭(1989: 第1章)は,賃金の計量分析によって,「熟練」が賃金カーブ=「上がり方」の説明力として弱いことを示した。すなわち小野は,年功賃金の決定要因は「熟練か生活費保障か」と問題設定し,「賃金センサス」個票の計量分析によって,勤続年数などの「熟練指標」よりも年齢が賃金カーブの形成に大きい説明力をもつことを実証した。そして,年齢が大きい説明力をもつことを生活費保障のためと理解したのである。 (引用者中略) 野村正實(1992: 13-14)はまた,小野旭(1989: 第1章)に依拠しつつ,小池の賃金論を批判する興味深い仮説を提出した。すなわち,「知的熟練」が大企業(男性)生産労働者「ホワイトカラー化」をもたらすという小池の議論を,いわば逆転して,「賃金カーブが『年齢別生活費保障型賃金』になったことが」歴史的に先行し,それが与件となって「企業に,男性労働者にたいして直接労働者であってもある程度の技能形成をおこなわせ」たと仮説を述べたのである。この仮説を支持したのは,たとえば遠藤公嗣(1993a: 45-46)や大沢真理(1994: 65-68)であった。

 基本的に、本書(濱口著)の小池的・知的熟練理論に対する立場は、一応は、この小野旭以降の研究的系譜に与するものといえるだろう。

*6:以下、労働政策研究・研修機構の『雇用形態による均等処遇についての研究会 報告書』(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001h5lq-att/2r9852000001jh4z.pdf )より、「EU諸国等における雇用形態に係る不利益取扱い禁止法制等の現状」から引用する。

1957 年EEC(欧州経済共同体)設立条約(ローマ条約)119 条に、各加盟国は、同一労働に対して男女労働者の同一賃金原則が適用されることを確保するものとする旨の男女同一労働同一賃金原則が定められていた。/○ これは、元々は、低賃金の女性労働者の雇用がソーシャル・ダンピングを引き起こし、市場競争を歪めるという考え方から導入されたもので、経済統合のための手段であって、社会的目標を掲げたものとは考えられていなかったといわれる

実際、

ローマ条約の批准交渉において 119 条の挿入に熱心だったフランス政府は、当時、自国の繊維産業を、低賃金女性労働者を有するベルギーとの競争から守ることを意図していたといわれる。

として、著者・濱口『増補版EU労働法の形成』が参照されている。というか、この個所を書いたのは、報告書の執筆者の一人である、著者・濱口なのだと思われる。

 なお、ローマ条約のくだりは、本書(『働く女子の運命』にも登場する。)

*7:「同一価値労働同一賃金」について、上田裕子は次のように説明している(「試論『同一価値労働同一賃金』原則を検討するにあたって論点整理 」(『雇用におけるジェンダー平等』)http://www.yuiyuidori.net/soken/ )。

「同一価値労働同一賃金」原則とは、かりに異なる仕事(職種・職務)であっても、その価値が同一または同等の価値とみなされる仕事(職種・職務)であるものに対して、性別や雇用形態にかかわらず同じ賃金を支払うことを求める原則である。別の表現をすれば、同じ労働でなくても、類似の経験、就業期間、知識、体力、意欲や諸能力の水準が同じような異種間の労働には、同等の賃金がしはらわれるべきである、という要求の原則である。これまでの同一労働同一賃金原則では、異種業務であれば異なる賃金でよいことになるが、同一価値労働同一賃金原則は男女間あるいは雇用形態間の格差是正に有効だとされている。しかし、同原則を運動に取り入れることについては、90 年代から熱い議論がされているにもかかわらず、いまなお決着をみたとはいえない。同原則を実現するに当たって仕事の価値をどのように評価するのかという難問があり、その評価手法の問題は賃金形態・体系にまで問題が及ぶことから、運動の現場においても研究者の間でも賛否の議論が続いている。

「同一価値労働同一賃金」のラディカルなところは、まさにこの点である。

*8:ポジティブ・アクション」、すなわち、一方の性に対する特別措置について、黒岩容子は次のように書いている(「性平等に向けての法的枠組み─EU法における展開を参考にして」https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2014/07/ )。

ポジティブ・アクションについては,すでに1976 年男女平等待遇指令 2 条 4 項で,平等な機会の実現のための一方の性に対する特別措置は許容される,と規定されていた。しかし,一方の性に対する優遇措置は,他の性にとっては不利益扱い(逆差別)となるために,EU 法上許容される優遇措置の内容および範囲が問題となってきた

*9:2017年の「日本学術会議 経済学委員会 ワーク・ライフ・バランス研究分科会」による「労働時間の規制の在り方に関する報告」には、次のようにある(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/division-16.html。以下、註番号などを省いて引用を行った)。

週 48 時間の上限に関してはオプト・アウト(労働者の事前の個別合意により適用除外とする制度)が認められているが、オプト・アウトを導入しているイギリスでも最低で 11 時間連続の休息時間の規定は存在し、時間外労働に対する実質的な制約として機能している。一方、日本では労働基準法において法定労働時間(1 週 40 時間・1 日 8時間)の規定(32 条)や 6 時間を超える労働における休憩時間(34 条)、休日(35 条)の規定はあるものの、「休息時間」の概念は存在せず、「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」(平成元年労働省告示第 7 号)において休息時間についての言及があるのみである

当該箇所では、著者・濱口の論文・「『EU 労働時間指令』とは何か (特集 労働時間の国際基準)」が参照されている。残業代を払おうが払うまいが関係なく、長時間労働が禁止される、という点が肝心である。

日本語が「ぼかした表現」を好むことの文法的な背景。(あと、相席では黙っていたい。) ―井上優『相席で黙っていられるか』を読む―

 井上優『相席で黙っていられるか』を読んだ。

相席で黙っていられるか――日中言語行動比較論 (そうだったんだ!日本語)

相席で黙っていられるか――日中言語行動比較論 (そうだったんだ!日本語)

  • 作者:井上 優
  • 発売日: 2013/07/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 内容は、紹介文の通り、

「娘と息子、どっちがかわいい?」日本人が首をかしげる中国人の質問。「これ誰の?―うーん、誰のかなあ」実は不思議な日本人の答え方。中国人の妻との日常生活を通じて、数えきれない「あれ?」と出会ってきた著者が説く、「こう考えれば理解しあえる」!さまざまな場面で応用できる、対照言語学的「比べ方」のすすめ。

という内容。
 比較文化論としても大変面白い一冊。
 中国語がわからなくても、楽しく読める。

 以下、特に面白かったところだけ。

中国人の耳は加点方式

 中国人の耳は、減点方式ではなく、加点方式で (31頁)

 上記は、新井一二三『中国語はおもしろい』からの引用である。
 中国語は、各地方出身者間の意思疎通が目的なので、そうなっているようである。
 というのも、中国の各地方の「方言」同士は、かなりバラバラであるからだ。
 欠点をあげつらうような意地悪な聞き方をしないというのは、日本語圏に比べて、良いところであるように思う。*1

「天秤型」対「シーソー型」

 しかし、これはあくまで日本人の感覚である。 (136頁)

 日本人は、聞き手との関係を大切にしているので、「こうだ」と言い切ることをしない、とよく言われる。
 しかし、著者は必ずしもそうではないのではないか、という。
 例えば、中国人は、会話の流れを途切れさせないために、相手の発話に見合った内容の発言をする。
 そのために、「こうだ」と言い切る。
 それは相手が次に何を言うかを決めやすく、会話を持続させるためである。
 相手がレスポンスすることを前提に、返答がしやすいよう調整しているのである。
 逆に、日本人は、相手と気持ちを共有するのが先だとして「こうだ」と言い切らない。
 相手との関係のバランスを崩さないためである(まるで天秤のようである)。
 中国人も日本人と同じように聞き手との関係を大切にしているが、そのやり方が異なるだけなのであるという。

 「ここまでは同じだが、ここから先が違う」と言うほうが公平だと思う (180頁)

 「集団主義的」対「個人主義的」といった見方ではなく、まずそれぞれの特徴を相対化できる共通の枠組みを考え、そのもとで違いを説明する方がよい、と著者はいう。
 例えば、日中のコミュニケーションの方法の違いについて。
 「天秤型」対「シーソー型」*2というとらえ方は、日中どちらも、自分と相手が対等の関係にあることを重視してコミュニケートするという、共通の枠組みを考える。*3
 そして、そのコミュニケーション様式の違いを、相手との距離感が違うために、その関係の保ち方が異なる、と説明する。
 こうした方が、硬直的かつ本質主義的な不毛な議論をせずに済む。

玄関での立ち話

 中国の家屋には、日本の玄関のような空間はない (143頁)

 玄関は家の外と内の中間地帯である。
 道であった知り合いと立ち話をするのと同じ感覚で、会話ができる場所である。
 そういう意味でいうと、中国には日本の玄関のような空間はない。
 玄関で話をするという感覚がないのである。*4
 著者の妻(中国出身)は、立ち話というのは会話のうちに入らないのだという。

はっきり言い切らないことの文法的背景

 しかし、この説明は表面的な違いを強調しすぎていると思う。 (167頁)

 日本語と中国語・英語などとを比較した場合の話である。
 日本語では、英語のような表現と異なり、「明日結婚できる」とはいわず、「明日にでも結婚できる」という。
 だが、英語では、名詞レベルではtomorrowでよく、can やifなどを用いて、文全体としては「明日」を可能な一つの例として示す。
 例えば、

She can marry her young man tomorrow if she like. 

のように。*5
 一方、日本語では、名詞レベルで可能な一つの例であることを示さないといけない。
 そこで、「明日にでも」となる。
 日本語が「ぼかした表現」を好み、英語や中国語は「明確な表現」を好む、といわれたりするが、実際は、文法的背景が存在するのである。
 ほかの言語では、名詞がかなり広い意味をとれるのに、日本語だと名詞は狭い意味しか取れないというわけだ。*6

 

(未完)

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*1:上野惠司は、次のような興味深い体験をしたようである(「中国語とはどんな言語か」https://ci.nii.ac.jp/naid/120006029370 )。

1972年に日本と中国の国交が回復する10年ほど前のことであったので、学習環境にも恵まれていませんでした。/せっかく学んだ中国語を試してみるチャンスが全くありません。そこで細々と行われていた民間貿易の中国船がたまたま東京湾に停泊するのを聞きつけて、煩瑣な手続きを済ませたうえで同学と上陸してくる船員を待ち受けて、一緒に街を散歩しながら会話を試みましたが、悲しくなるほど通じません。正確に言いますと、こちらが話しかけた内容は伝わっているらしいのですが、戻ってくる返答のことばが、さっぱり聴き取れないのです。

だんだんわかってきたことですが、中国国内でさえまだ普通話が普及していない時代で、しかも乗組員の多くは山東、浙江、福建といった方言地区の出身であるうえに、必ずしも高い教育は受けていない、いわば海の荒くれ男たちです。通じないのは、こちらの学力不足だけが原因ではなかったかもしれません。

ここで注目すべきは、「こちらが話しかけた内容は伝わっているらしいのですが、戻ってくる返答のことばが、さっぱり聴き取れない」というところである。著者は普通話で話しただろうし、相手もそれに応じて普通話を使ったはずである。両者ともに、たとえ片言になったとしても、普通話で会話をしたはずなのである。
 しかし、著者(上野)の中国語を一応相手は理解することができたのに、相手の「中国語」を著者は聞き取れなかった。このとき著者は、「加点方式」で相手の「中国語」を、聞き取ることができなかったわけである。この当時の著者(上野)には「加点方式」で話すような習慣がなかった、あるいは、それが可能になるだけの言語的習熟度が足りなかった、ということになるのではないか。

*2:前者は、関係の水平性をなるべく動かさないことを重視するやり方。日本的なコミュニケーションの取り方である。後者は、上下運動が一定のペースで持続していく、例えば、貸し借りを交互に作り合って行くことを志向するようなやり方。中国的なコミュニケーションの取り方である。

*3:唐瑩は、自身の博士論文において、次のように述べている(「中・日母語話者同士の 会話展開の対照研究 ―初対面場面の会話データをもとに―」https://ci.nii.ac.jp/naid/500001048900 なお、著者・井上はこの博士論文の指導教授を務めている)。

会話には、「話題を展開させる」という側面と「会話参加者の関係を維持する」という二つの側面がある。井上(2013)の説明は、中国語は会話の「会話参加者の関係を維持する」という側面を日本語より重視しているということを述べたものと言えるが、本研究の知見をふまえると、本研究において明らかになった日本語会話と中国語会話の相違は、つまるところ次のようにまとめられるだろう。

・日本語は会話の「話題を展開させる」という側面をより重視し、中国語は会話の「会話参加者の関係を維持する」という側面をより重視する。

 「天秤」と「シーソー」の話は、このように深められて研究がなされている。

*4:柳田国男『明治大正史世相編』の「出居の衰微」の項目を見る限り、出居(客への応待等に使われる部屋)のようなものが必要なのは門構えのあるレベルの家の話であって、小さな家では、戸口の立ち話で用を弁じた、とある(朝日新聞社 編『明治大正史. 第4巻 世相篇』(朝日新聞社、1930年)・150、151頁)。
 柳田に言わせれば、日本の庶民は昔からから玄関(戸口)で立ち話をしていたことになる。

*5:森山卓郎は次のように書いている(「例示の副助詞『でも』と文末制約」https://ci.nii.ac.jp/naid/120006595216 )。

同論文 (引用者注:後述する寺村秀夫の著作のこと) には,英語との対照もなされており,日本語では「あしたにでも」というように例示的な意味(寺村の用語では「提案」)を表す場合にも,英語では,/  (17)She can marry her young man tomorrow if she likes.(寺村1991)/のように,特別な標識はなしに聞き手の判断にゆだねる,といった興味深い指摘がある。

ここ参照されているのは、寺村秀夫『日本語のシンタクスと意味 第3巻』(くろしお出版、1991年)である。これは本書(井上著)も同じく参照している著作である。

*6:ただし、研究社 新英和中辞典での「tomorrow」の項目には、「(近い)将来には」という意味も載っており、"People tomorrow will think differently. "という文例が出ている。tomorrowだと、そういった「近い将来」という意味でも使用できる。
 一方、「明日」を「近い将来」という意味で使用するには、「明日はわが身」や「明日を担う若者」のような隠喩的な方法の場合にはとることができる。だから、先の分を、「近い将来結婚することができる~」と訳すことも不可能ではない。
 ただし、先述した寺村の出したケースでは、その「すぐに」ということを強調するには、「明日にでも」の方がよりニュアンスが出る。これは会話文なのだから、やはりそのニュアンスを出すべきであろう。

 なお寺村は、「ある女優の紹介記事」だとして、"She can marry her young man tomorrow if she likes"に言及しているが、実際の出典はサマセット・モームの短編小説「ルイーズ」であろう。

ある意味では、マンスプレイニングを論じた先駆的な本ともいえる。 ―タネン『「愛があるから…」だけでは伝わらない』を読む―

 デボラ・タネン『「愛があるから…」だけでは伝わらない』を読んだ。

 内容は紹介文の通り、

男と女の心のすれちがいはお互いの会話スタイルの違いから来る。その違いを頭に入れ、自分の考えが正確に相手に伝わる頭のいい話し方といい関係を手に入れる方法を紹介。会話の成功と失敗の差がわかる。

というもの。
 原題は、”That's not what I meant!”だったはず。
 よく知られている本ではあるが、改めて読んでみた。*1

 以下、特に面白かったところだけ。

「マンスプレイニング」の背景

 しかし、それを男がとうとうと語るとき、女の目に「会話」はしばしば「講義」と化す。 (176頁)

 著者によると、女にとって今日の出来事を詳細に話すのは、情報自体が重要だからではなく、それを聞かせあうことが、互いの身辺を気遣う「関与」の証となるからである。
 それを話せるだけで孤独感は癒される。
 だが、男たちに重要なのは、情報そのものだと著者はいう。
 男たちが「有意味」な情報を語るとき、それは講義と化す。
 それが「権力」のメタメッセージになってしまうという。
 「マンスプレイニング」という言葉を想起してもよいだろう。*2

 自分の独演会になりそうなときも要注意。 (212頁)

 もちろんこうした、「独演会」は、男女の間のみならず、同性(女性同士であっても)であっても、年齢の上下、職階の上下、国籍の別、などでも発生しうることである。
 著者は次のように提言している。
 相手がしゃべり終えた、もしくは、話す意図がないと判断する瞬間から、6つ数えて口を開こう、と。

近すぎる関係がトラブルを生む

 単に二人の「関係」が変わった結果である。 (147頁)

 恋愛期間中の場合は、互いに離れた位置から始まって、相手が自分に近づこうとする信号(≒コミュニケーション)を送りあう。
 しかし、長い結婚生活では、互いに近い位置に立って、相手が自分から離れようとする信号を監視する。
 そして、もはや夫婦関係にならなくなれば(離婚すれば)、相手への期待値も低まり、もはや完璧な理解を求める必要もなくなる。
 つまり、お互いの距離が近いほど、相手への期待値が高まるほど、すれ違いが生まれやすくなるのである。*3

 会話スタイルの変更は疎遠な相手にほど通用しやすい (219頁)

 なので、自分流の自然な話し方を意識的に変えるには努力がいる。
 しかし、よく会話をするパートナーや家族に対して、一日中そうでは疲れてしまう。
 ゆえに、会話スタイルの変更は、身近な相手であるほど難易度が上がるのである。*4
 幸福な家庭生活への道は険しい。

批判されたら、「傍観者」の立場をとれ

 批判する側と、される側では、やりとりをちがったレベルでとらえる。 (198頁)

 前者は個々の行為のみに注目する。
 だが、後者は自分の全人格への評価と考えやすい。
 親は子を愛すればこそ苦言を呈するが、聞く方は自分はダメなやつだと受け取る。*5

 不思議にも、批判の受け手ではなく「傍観者」の立場をとったとたん、彼女の気持ちは楽になった。 (206頁)

 もし上記のような事態になったら、どうすればいいか。
 著者は提案する。
 自分が批判されていると思うのではなく、相手に対して傍観することを考えるべし、と。
 「自分と同じ名前(呼称)の別の人」が批判されているのであって、自分はそれを傍らにいてみているだけ、という姿勢である。*6
 批判されているのが自分ではなく別の誰かと考えれば、心へのダメージは軽減する。

 

(未完)

*1:蘇席瑤は、

言語使用の男女差に注目したマルツとボーカー(Maltz and Borker 1982)およびその後のタネン(Tannen 1991)は、男女間での談話スタイルには多くの違いがあるため、誤解が生じやすく、その男女差の起源は、幼児期に同性の友達との間で築いた談話スタイルであるとしている。この考えは文化差異論(difference theory)と呼ばれている。 

と、タネンの仕事について言及している(「台湾における「言語・ジェンダー研究」 : 文献レビューを中心に」https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/68799 )。
 また著者はそのあとに、

しかし、キャメロン(Cameron 1998)が研究者たちに強く呼びかけたように、協力と競争は表裏一体である。研究を行う際に、男性語ならきっとより競争的で、女性語ならきっとより協力的であるという先入観に当てはめて判断するのを避けなければならない。 (引用者中略) 一般社会では男女に対する見方がある程度理解されているために、人々は場面ごとに異なる性別役割を採用しているのである主張する。この考えはポストモダン理論(post-modern theory)またはパフォーマンス理論(performance theory)と呼ばれている。

とも書いている。

*2:「マンスプレイニング」と名付けられる以前に、その現象が既にデボラ・タネンの本(“You Just Don’t Understand”のほう。)に出てくる、という指摘もある(以下の記事を参照https://matteroffactsblog.wordpress.com/2014/07/10/explaining-mansplaining/ )。
 また、タネン自身は、マンスプレイニングに関連して、Zoomでの遠隔会議はマンスプレイニングを悪化させるだろうと指摘している。 ASHLEY LYNN PRIOREの記事“Mansplaining and Interruptions: Online Meetings Exacerbate Gender Inequities in the Workplace”という記事には次のようにある(https://msmagazine.com/2020/04/22/mansplaining-and-interruptions-online-meetings-exacerbate-gender-inequities-in-the-workplace/ )。

Deborah Tannen, a Georgetown University professor of linguistics and the author of eight books on women and men in the workplace, knew that Zoom conferencing and other forms of remote working wouldn’t change the problem and probably make mansplaining and male conversation domination worse./In person, “women often feel that they don’t want to take up more space than necessary so they’ll often be more succinct,” said Tannen./Online platforms allow men to mansplain, interrupt and dominate meetings more?and now more than ever before, women can’t get a word in.

*3:パートナーは、自分の予想したほどには、自分のことを理解してくれてはいない、という事実については、以前ニコラス・エプリー『人の心は読めるか?』へのレビューで言及したことがある。

*4:鬼丸正明は、齋藤純一『公共性』(岩波書店、2000年)を参照して、次のように述べている(「公共圏と親密圏 : スポーツ社会学及び社会学における公共圏論の動向」https://ci.nii.ac.jp/naid/110007628726)。

「親密圏は、「相対的に安全な空間」(……)として、とくにその外部で否認あるいは蔑視の視線に曝されやすい人びとにとっては、自尊あるいは名誉の感情を回復し、抵抗の力を獲得・再獲得するための拠りどころでもありうる。」(前掲書、98 頁)/齋藤は、対話が成立するためには、自分が語る意見に耳が傾けられる、少なくとも自分の存在が無視されないという経験が必要であり、それを可能にするのが親密圏である。そこで得られた自尊あるいは名誉の感情こそが、否認の眼差しをはねのけて、自己主張や異論の提起を可能にするのであるとする。

 家族を含め親密圏は、「自尊あるいは名誉の感情を回復」し、「自分の存在が無視されないという経験」ができる場所である。リラックス(laxはラテン語で「ゆるんだ」の意味)の場である親密圏においては、それゆえに、会話スタイルの変更が難しいのだろうと思われる。

*5:先の註に出たニコラス・エプリー『人の心は読めるか?』(2015年版)によれば、人は、「周りの人からの評価を、実際より厳しく予想」(159頁)するものである。じっさいには、「あなたの失敗はそんなに注目されていない」のだ。ここに、批判する側とされる側とのギャップが生じる。

*6:以前紹介した、YOUメッセージとIメッセージの例でいうなら、相手が言う”YOU”を自分ではないほかの誰かとして、やり過ごしてしまう方法だ、と言える。YOUメッセージとIメッセージについては、以前、橋本紀子編『こんなに違う!世界の性教育』へのレビューで言及したことがある。

解説が作品に屈したら駄目だろう。戦え。解説は作品の奴隷じゃない。 -斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』を読む-

 斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』を読んだ。

文庫解説ワンダーランド (岩波新書)

文庫解説ワンダーランド (岩波新書)

 

 内容は紹介文の通り、

名作とベストセラーの宝庫である文庫本。その巻末の「解説」は、読者を興奮と混乱と発見にいざなうワンダーランドだった!痛快極まりない「解説の解説」が幾多の文庫に新たな命を吹き込む。

というもの。
 読んで痛快。さすが斎藤美奈子

 以下、特に面白かったところだけ。

「うらなり」よりも「赤シャツ」

 女性なら、自分を愛しているのかいないのかもはっきり言えないうらなり君より、赤シャツのほうに魅力を感じるのは当然 (19頁)

 集英社文庫版における、ねじめ正一の『坊ちゃん』に対するコメント*1である。
 うらなりは単なる名家の息子で、魅力に乏しい。
 マドンナの方も親の言いつけでしぶしぶで、といったところだろう、と。
 一方、赤シャツは東大出で知識も話題も豊富、マドンナにも積極的に近づいた。
 そりゃ、赤シャツに行くわい、と。*2

『白鯨』とジェンダー

 この白人の青年と南洋の筋骨たくましい「蛮人」とのホモ・エロティックな関係はあきらかである (77頁)

 『白鯨』についての解説である。*3
 当時の米国でのホモ・セクシュアリティに対するタブー意識を考えれば、かなり大胆率直な作者メルヴィルの挑戦が、指摘されている。*4

 ここでいう「ホモ・エロティック」というのは、「ホモ・ソーシャル」と「ホモ・セクシャル」との中間に位置するエロティックな関係を指すという。

読者を一人前の大人として扱う

 『小公女』までダシにするんだもんな。困ったもんだな、曽野綾子。 (94頁)

 貧しさを自己責任論に還元させ、植民地主義も半ば肯定される、そんな曽野お得意の論法に対して、著者は批判を加えている。

 痛快である。*5

 児童文学の読者を一人前の大人として扱う。それを教育っていうんじゃない? (96頁)

 至言であろう。
 児童文学の解説に、半端な教訓などいらない。
 必要なら、彼らは自分のための教訓を自分で見つけ出す。
 解説にできるのは、そのための情報を提供することだけである。*6 *7

 著者が高く評価するのは、小説の設定と実際の19世紀英国の社会状況との比較ののち、最終的に主人公と「具体的なインド人との心の通ったやりとり」に着目した、原田範行の解説である。*8

解説は作品の奴隷ではない

 『少年H』に感動した読者が一〇年後、『永遠の0』に涙する。 (238頁)

 あらまほしき銃後の少年、あらまほしき戦前の軍人。*9 *10
 どちらも一種の「英雄譚」である。
 ゆえに、多くの読者を獲得した。
 だが、解説が作品に屈したら駄目だろうと著者は言う。
 戦え、と。
 解説は作品の奴隷じゃない、と。
 まさしく、その通りであろう。

 

(未完)

 

*1:「鑑賞」という位置づけである。

*2: マドンナを「ひたすら忍従を強いられていく女ではなくて、自由に活発々と己を解き放っていこうとする新しい女」と規定して、うらなりが象徴するのが「伝統的土着」、赤シャツが「ハイカラ近代」、という風に解釈する見方は、既に存在している(千石隆志によるもの)。
 これに対して、

マドンナは、うらなりを選ぶでもなく、赤シャツを選ぶでもなく、暖昧な態度のままである。赤シャツの象徴するハイカラ近代を明確に意志して選択しているのは、マドンナの母親であってマドンナ自身ではない。

と、松井忍は指摘している(以上、引用・参照は、「漱石初期作品におけるマドンナ--『坊つちやん』から『三四郎』『草枕』へ」https://ci.nii.ac.jp/naid/120000883036 に依った)。
 松井のこの指摘は正しいと思われる。そもそもこの小説でマドンナは一言もしゃべっていないような人物である。また、実際、松井の言うシーンでも

女の方はちっとも見返らないで杖つえの上に顋あごをのせて、正面ばかり眺ながめている。年寄の婦人は時々赤シャツを見るが、若い方は横を向いたままである。いよいよマドンナに違いない。

という風にマドンナは「新しい女」に該当しそうなそぶりを見せていないのだから(*引用は青空文庫版『坊っちゃん』に依った)。

*3:本書では、八木敏雄の『白鯨』解説(岩波文庫版)が、参照・引用されている。上記の引用も、斎藤からの引用ではなく、八木の解説を孫引きしている。

*4:高橋愛は次のように論じている(「クィークェグとは何者か : 『白鯨』における不定形の男性像」https://ci.nii.ac.jp/naid/110009908895 )。

クィークェグはセクシュアリティジェンダーにおいても曖昧なところがある。彼はイシュメールに対して友愛を示したが、それは同性愛的な様相を呈するものである。友情を逸脱し同性愛的であるクィークェグは、セクシュアリティのうえでとらえどころがなくなっている。またジェンダーについては、王子や銛打ちという肩書き、あるいは、「新郎」というたとえから、彼は男性的とみなされてきたが、その行動には男のジェンダーから逸脱するところがある。クィークェグは性においても、異なった特性を混交させた存在となっているのである。

*5:鳥集あすかは『小公女』について次のように論じている(「〈少女〉を探して : 『小公女』にみる理想の少女」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005399648 )。

セーラの敵であり悪の権化として語られるミンチンは、家父長制社会における「理想的な家庭」を築くことのできないキャリアウーマンである。働く女性であるミンチンの子育てはことごとく失敗し、彼女は妻としても母としても不良品であるだけでなくその冷酷で金にがめつい性格から、キャリアウーマンがいかに社会の悪であるかという印象を多かれ少なかれ読者に与えている。

この作品の重要な一側面を論じるものとして、ここに紹介しておく。

*6:ここで著者が批判をぶつけているのは、やはり先に出てきた曽野綾子に対してである。

*7:張替惠子は、東京子ども図書館での本の貸出規則について次のように述べている(「中央区男女共同参画ニュース Bouquet 」73号、2014年 )。

アン・キャロル・ムーアが1900年代の初めに「図書館の約束」をしたのとはいくつか違いますが、子どもたちを一人前に扱うことで子どもたち自身に本を読む規律と本を読む楽しさを理解してもらうことを意図しています。

本書につながるような、とても重要なことを述べていると思われるので、ここに紹介する次第である。

*8:ここでいう「具体的なインド人」とは、作中のラムダスのことを指す。

*9:前者については、資料的な裏付けの取り方に対して、批判が存在する。詳しくは、山中恒『間違いだらけの少年H 銃後生活史の研究と手引き』(辺境社、1999年)等を参照されたい。この山中著については、著者・斎藤も言及している。

 なお、山中著については、

『間違いだらけの少年H』といえば、決定でもない新仮名遣いを教師が教えるだろうか?という問題提起があったと思いますが、実例があるんですよね(妹尾氏の実体験かはともかく) 複数の資料にあたる大切さを思い知らされます。

と、ツイッター上で指摘があった(https://twitter.com/keyboar/status/1048555533085466626 )。大事なことであるので、ここに紹介する次第である。

*10:実際のところ、『永遠の0』という小説の主人公は、「あらまほしき戦前の軍人」というより、「戦後的価値観から正当化できる『あらまほしき戦前の軍人』」とでもいうべきであろう(著者・斎藤も、この小説の主人公・宮部が、戦後民主主義的価値観を持った人物であることについて言及している。)。藤田直哉が述べているように、

確かに、実存や葛藤の部分は大きく違うかもしれませんね。『永遠の0』の主人公は、『海賊とよばれた男』のような熱血モーレツ社員的な人間ではないし、国のために生きる国家主義者でもない。クールというか、個人主義者ではありますよね。

藤田直哉×杉田俊介百田尚樹をぜんぶ読む 第11回 『永遠の0』(1)」https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/hyakuta_zenbuyomu/7702/2 *内容は、集英社新書にて読むことができるという。)

 じっさい、本当に戦中の価値観であれば、「家族」ではなくて、「天皇」のために死ぬことが称揚されるであろう。詳細は、以前書いた記事を参照(http://haruhiwai18-1.hatenablog.com/entry/20140712/1405150769 )。
 もちろん、

図らずもこの解説は、特攻という非人道的な戦法を発明した日本軍の暴力性と犯罪性を隠蔽する。作品を相対化する視点がまったくないから、読者はまんまと騙される。

という、著者・斎藤による『永遠の0』の解説(児玉清・筆)への批判は正しい。特攻は、まず敵軍の兵士への加害行為であるし、そして自軍兵士への加害行為であり、その指摘を抜かした解説は手落ちであろう。

口紅と戦争との関係の話から、国王が排便しながら接見希望者に対面する話まで -中野香織『着るものがない』を読む-

 中野香織『着るものがない』を読んだ。

着るものがない!

着るものがない!

  • 作者:中野 香織
  • 発売日: 2006/10/24
  • メディア: 単行本
 

 内容は紹介文の通り、

ファッションを切り口に、大人の男女の心の機微を描くヒューマン・エッセイ集。

である。
 某密林のレビューに、「感覚論に陥りがちなファッションの世界を文献等から博識に解き明かしていく」とあるが、まさにそうである。
 ファッションに興味のない人でも、楽しめるのではないか、と思う。

 以下、特に面白かったところだけ。

スティック型口紅の近代

 戦勝国になったこの国では、口紅が戦時の疲労を隠し、士気を高めるための最も有効な「女性の秘密の武器」たる必需品として奨励され (17頁) 

 1915年以降にスティック型の口紅が本格的に普及する。*1
 その普及には、戦争もまた、かかわっていたのである。
 第二次大戦期のアメリカでも、「勝利のレッド」や「愛国のレッド」という名前の口紅が売られた。*2

 一方、第二次大戦時のドイツでは、口紅は禁止、戦前に口紅のカートリッジを作っていた機械は、弾薬筒製造マシンに転用された。*3
 また、ユーゴ内戦で難民生活を強いられたボスニア女性たちが要望した品が、食料などの生活必需品ではなく口紅やスカーフだったという話も、著者は書いている。*4

オートクチュールの存在意義

 同じ服を着た女に遭遇したときの不快さ (25頁)

 世界で一着だけしかないことを保証するオートクチュールがなぜ廃れないか。*5
 その理由がこれである。

排便しながら接見する国王

 十七世紀に目が点になるような前例がある。 (91頁)

 当時、国王や貴族が朝起きて穴開き椅子に座り、そこで排便の儀式を行いながら、接見希望者に応接した。

 絶対王政時代、国王や貴族が圧倒的に接見相手より高位であることを示す行為であったという。*6

マナーの意義

 礼状を書くとき、形式どおりに書けば、たちまち文面が埋まって便利 (110頁)

 マナーは本来、合理的なものだと著者はいう。*7
 これさえ守れば、あまり考えなくてもよいのだから。
 これは、例えば礼状の場合であれば、出す側受ける側双方にとって、思考の節約である。
 なんだか、複雑性の縮減という言葉も、想起されないではない。*8

 

(未完)

 

*1:口紅は、モーリス・レヴィが1915年に金属製の口紅容器を発明した後、広く普及したとされる。
 だが、ウェブサイト・「Collecting Vintage Compacts」は、それに異を唱えている(参照:http://collectingvintagecompacts.blogspot.com/2015/12/maurice-levy-man-who-never-invented.html )。

But I hope that this expose will convince those who read it that recorded history in this instance is wrong and that Maurice Levy neither designed nor invented the first American lipstick case. His involvement was simply to place an order with Scovill for lipstick tubes and eyebrow pencil tubes that he planned to fill with products he intended to manufacture with his newly formed French Cosmetic Manufacturing Company. The containers in question had been recently designed and manufactured by Scovill for other clients but the records concerning who designed them and when do not now exist. My belief is that it was probably William Kendall who was responsible for the lipstick design and that his 1917 patent reflects the original design in question.

米国初の口紅容器を発明したのはモーリス・レヴィではない、というのである。そして、実際に発明したのは、William Kendallという人物だという。その後1917年に、Kendallは口紅容器の特許を得ているようだ。

*2:これの復刻版めいたものも、存在するようである。https://besamecosmetics.com/blogs/blog/110328966-introducing-1941-victory-red-classic-color-lipstick 

*3:HISTORY TODAY」の記事・「ファッションと第三帝国」(https://www.historytoday.com/fashion-and-third-reich )によると、

Hitler was an unlikely fashionista - despite overseeing the uniform for the Bund Deutsche Madel, his approach to feminine adornment was generally negative. He hated make-up - often remarking that lipstick was composed of animal waste - and disapproved of hair dye. Perfume disgusted him, though he bowed to Eva Braun’s enthusiasm for it, and smoking was revolting. Trousers were out, too, as unfeminine, and fur was horrific because it involved killing animals.

とのことで、そもそも、ヒトラーは口紅が嫌いだったようである。

*4:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(講談社、2000年)という本に言及して、そう述べられている。実際に、この本の52頁に該当する箇所があるが、具体的に誰の経験であったのかは、書かれていない。

 「TED RADIO HOUR」において、ZAINAB SALBI は、次のように述べている(https://www.npr.org/transcripts/466044738 )。

And honestly, it was from the women that I thought I was helping who taught me how to enjoy beauty and celebrate it. It was women in Bosnia, for example, during the days of Sarajevo. It was longest besieged city. And I went in the besiege. And I went - I was like OK - what do you want me to bring you next time I'm here? And the woman said lipstick. I'm, like, lipstick? (引用者中略) And they said because it's the smallest thing we put on every day and we feel we are beautiful, and that's how we are resisting. They want us to feel that we are dead. They want us to feel that we are ugly. And one woman, she said, I put the lipstick every time I leave because I want that sniper, before he shoots me, to know he is killing a beautiful woman.

参照した元ネタは、たぶんこれであろうと思われる。

 スナイパーに、お前が殺そうとしているのは美しい女なのだと知らしめたい、という言葉が重く響く。

*5:デザイナーのGalia Lahav(ガリア・ラハヴ)は、オートクチュールについて、次のように述べている。

生地や技術の質はファッション業界にとって重要で、維持していく必要があるものなのです (引用者中略) これらはファッションの土台であり、ルーツです。上質の生地や刺繍、縫製といったものを無視することはその土台を失うことであり、他の人と同じになってしまいます

オートクチュールの存在は、着る側だけでなく、作る側にとっても特別である。同じ物が嫌なのは、着る側だけでなく、作る側にとっても同様の心理である。以上、引用部は、「ハーパーズ バザー」の記事(https://www.harpersbazaar.com/jp/fashion/fashion-column/a87481/fwh-why-couture-fashion-is-important-170202/ )からのものである。

*6:青木英夫は、次のように書いている(「風俗史からみた17世紀ヨーロッパ?主としてナプキンについて?」http://www.jafs.org/bulletin.html )。

ルイ14世を中心とするフランス宮廷生活は厳格な宮中席次を持つ臣下達によって、すべて儀式としてとりおこなわれた。フランスの宮中席次は52あるが、1680年に制定されたものである。この宮中席次は各国にとり入れられ、戦前の日本もフランスの席次にならったものである。ルイ14世の時代では、起床、いのり、謁見、食事、散歩、就寝、排便等には夫々臣下が参列した。たとえ一杯の水でも、それを王にさし上げるのは 4 人の定められた人々によったし、ハンカチやナプキンを呈する人物さえ定まっていた

 ただし、大森弘喜は、16世紀末の仏国の王侯貴族について、「自然の生理現象と排泄行為を恥ずべきものとして隠そうとしたので,トイレとその行為は隠喩的な表現でしめされた」のであり、

王侯貴族らがこの排泄行為を秘匿しようとしたのに対し,ガスコーニュ出身の軍人でもあった哲学者モンテーニュは,「この下品な話題を」隠すことなく,「その行為のために,場所と座席に特別の快適さを配慮しつつ」,決まった時間に排便したという

と、とある本の書評に於いてまとめている(「書評 なぜパリジャンはかくも長いあいだ悪臭に耐え,汚物と共存したのか アルフレッド・フランクラン著/高橋清徳訳『排出する都市パリ--泥・ごみ・汚臭と疫病の時代』」https://ci.nii.ac.jp/naid/110007335530 )。

 大森(と書評した当該書)の述べるところが正しいとすると、排便を王が見せるようになったのは、モンテーニュの時代よりもあと、17世紀以降の話ということになる。

*7:より正確には、「日本マナー・プロトコール協会」の理事・明石伸子の主張である。

*8: プラユキ・ナラテボーは『自由に生きる』(サンガ、2016年)において、(広義の)マナーの合理性(理に適っていること)について説明している。
 例えば、日本の学生がタイの村でホームステイをしたこと。そのとき、学生は穴の開いたズボンにTシャツといういでたちで、村人は侮辱されたと感じた。その後、打ち解けてきたが、そのときにはもう帰国の時期だったという。そして、「もし早く村人と仲良くなりたいのであれば、まず身なりを整えるってことも大事なこと」(当該書188頁)と述べる。

 相手に予断を持たせないためである。(まさに、相手に精神的負担をかけないという「マナー」のメリットは、中野著でも述べられている事柄である。)

 また、仏教の戒律(*これもマナーである)についても、その意義が説明される

 それは、「細かい規定があればあるほど、心の動きに気づける」機会が増える(当該書182頁)ためである。戒律を持たなければ、欲望から行動までストレートになる。一方、戒律を設ければ、自主的に戒律を守り、行動をいったん止められる。そして気持ちと行動の間に摩擦が生まれて、食欲などの体の感覚や心の動きが自然に見えてくる。ゆえに戒律は細かく規定されている、と説明している。あえて、欲望に柵を設けて、感知しやすくするのである。
 そして、行動における実践も心へ影響を及ぼすと仏教では考えるので、言葉や行動を具体的に整えるという戒律遵守の実践が心の変化を自然に促すと考えるのだという(当該書201頁)。

 以上、(広義の)マナーというのは、諸々役に立つこと、存在意義はあることを長々と説明した。
 まあ、上記当該書のレビューをする機会がなかったので、ここに書いただけではあるのだが。