宮本常一、安渓遊地『調査されるという迷惑』を読んだ(再読)。
内容は紹介文の通り
というもの。
フィールドワークをやる人、やりたい人は、必読の本であろう。
以下、特に面白かったところだけ。*1
宮本常一の体験
農地解放が行われ、農地調査団が農地の完全開放を「叫ん」だところ、百姓の一人がそれを要求する。
そして、地主は屋敷や用水権などすべて確保させろという要求を、どんな不測の事態が起きても自分で管理せよ、という条件で飲んだ。
その後大水害が起こり、と話が続く。
地主の所へ頭を下げて助けをもとめにいったが、地主の方は突きはなし、彼らは村を捨てればならなくなった。
不時に備えて、地主が存在することもあれば、共有林が社会保障の役割をはたすこともある、というのが、ここでの宮本常一の述べるところである。
むろん、本当に不時に備えるにそれが必要なのか、規模やあり方の是正は必要か、と言ったことは不可欠ではあろうが。*2 *3
学問が盗掘・盗難に利用されるとき
あんたのつくった『西表島文献目録』 (引用者中略) は、盗品リストとして使える。ほとんどの学者や物書きは調べていったきり、地元には音沙汰なしなんだから (54頁)
学問の成果はそのまま盗掘や盗難などにも利用される、という側面を持つ。*4
日本における輸入過剰とゴミの増加
日本の豊かさは、世界中から毎年八億トンのもの(原文ママ)のもの資源を輸入し、それを加工して一億トン弱の製品として輸入することで培われてきました (85頁)
結果、行き場のないゴミと排気ガスがあふれていくのである。*5 *6
日本の方言の奥深さ
小浜島方言には「イ」の中舌の母音を含む六つの母音音素があり、またkの音とsの音を同時に出す複雑な子音があるという知識だけではとうてい乗り越えられない (92頁)
(未完)
*1:最初の項目以外は、安渓の文章からのものを、とりあげた。なお、今回は、主題である「調査地被害」に関してはあまり書かないことにした。知りたい人は、本書のほか、たとえば、安渓遊地「される側の声 : 聞き書き・調査地被害」(https://ci.nii.ac.jp/naid/110006664167 )等を参照。
*2:この問題は、地主側と百姓側との間で富の偏在が発生しており、その格差の正当化が十分でなかった点が大きいようにも思われる。根本にあるのは、(広義の)民主主義の不全にあるとみることもできるだろう。まさに、宮本の名著・『忘れられた日本人』に出てくる、対馬の村人が寄り合いで、何日もかけて意見がまとまるまで話し合いを続けた、あの「民主主義」である。
ただし、ウェブサイト『旅する長崎学』の「宮本常一と長崎」には、宮本が書き留めた伊奈(対馬)の寄合について、次のような意見も紹介している(http://tabinaga.jp/tanken/view.php?hid=20130301093655 )。
次に否定的な意見として、杉本氏は、現地資料などの詳細な検討から、宮本は伊奈の寄合を高く評価しすぎていると総評し、例えば対等性について、海に依拠する集落では共同採取物を合議制で分配する慣習があるものの、寄合には伊奈の階層的な村落社会構造が反映していたと考えられるなど、宮本の考えに疑義を呈しています。
ここでいう杉本については、杉本仁「寄合民主主義に疑義あり―宮本常一「対馬にて」をめぐって
」(http://www.iwata-shoin.co.jp/bookdata/ISBN4-87294-184-5.htm )を参照。
*3:そういえば、井出幸男による「土佐源氏」に対する批判的検証はどのように民俗学で受容されたのか気になっていた。岩本通弥は、「土佐源氏」は細部の脚色レベルではなく、民俗学の資料という風に見えるよう、それが事実であるかのように、発表・再録されるたびに宮本が加工したと述べ、この事実を民俗学の学としての根幹にかかわるものとして、重く受け止めている(湯川洋司、安室知共編『日本の民俗 第13巻』(吉川弘文館、2009年)、22頁)。岩本の主張は極めて真っ当なものである。
*4:NHKの番組・「BSプレミアム 盗まれた長安 よみがえる古代メトロポリス」(https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009050815_00000 )のなかで、西安市公安局に所属する人物が語るところによると、墓泥棒の楊彬・部屋には、遺跡の専門書二冊が残されており、どうやら、そこに載っている未発掘の遺跡に関する内容を手掛かりに、盗掘を行ったのだという。
*5:年々輸出量の約9倍の物質が日本に堆積していることになる、と中村尚司は1980年代末に指摘している(『豊かなアジア・貧しい日本: 過剰開発から生命系の経済へ』(学陽書房、1989年)48頁)。
*6:『令和2年版 環境・循環型社会・生物多様性白書』の「第3章 循環型社会の形成 第1節 廃棄物等の発生、循環的な利用及び処分の現状」をみると、2017年度時点では、約7億トンの資源を輸入し、1.8億トンを輸出している(https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/html/hj20020301.html )。以前より出入りは減ったが、まだ多いといえば多い。
*7:小浜方言について、仲原穣は、母音音素が6個あり、母音に「中舌母音」が認められる、と述べている(「小浜方言と宮良方言の音韻の比較研究」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005703076 )。