反骨を気取って差別問題を揶揄するものもいるが、結局面白半分に口にするだけで、抗議を受ければ腰砕けになるパターンが多い -森達也『放送禁止歌』を読む-

 森達也放送禁止歌』を再読。

放送禁止歌 (知恵の森文庫)

放送禁止歌 (知恵の森文庫)

  • 作者:森 達也
  • 発売日: 2003/06/06
  • メディア: 文庫
 

 内容は紹介文の通り、

岡林信康『手紙』、赤い鳥『竹田の子守唄』、泉谷しげる『戦争小唄』、高田渡自衛隊に入ろう』……。これらの歌は、なぜ放送されなくなったのか? その「放送しない」判断の根拠は? 規制したのは誰なのか? 著者は、歌手、テレビ局、民放連、部落解放同盟へとインタビューを重ね、闇に消えた放送禁止歌の謎に迫った。感動の名著、待望の文庫化。

というもの。
 言わずと知れたこの分野の古典であるが、改めて取りあげる。
 (ただ、歌の方はあえて取り上げなかった。)

 以下、特に面白かったところだけ。

対話のない社会

 ネガティブな比喩として使い方が問題なのだから、それを視聴者に説明してほしい。そうでなければ過ちは何の教訓にもならない (131頁)

 「番組中で不適切な発言がありましたことをお詫びいたします。」というステロタイプの謝罪に対して、部落解放同盟は、どんな言葉がなぜ不適切かきちんと説明しないと意味がないのだ、そう語ったと北林由孝は振り返る。*1
 <特殊部落>という言葉自体が問題ではないのだ、というのが、解放同盟側の言い分である。

 これは言い分としてごく真っ当なものであろう。

信念なきメディア

 問題はその抗議に、メディアやレコード会社がいっさい反論してこなかったという歴史的経緯です。 (189頁)

 藤田正の証言である。

 曰く、メディアは圧倒的な強者であり、もっと抗議されるべきである。
 表現者の中には、反骨を気取って差別問題や被差別団体を揶揄するものもいるが、結局面白半分に口にするだけで、抗議を受ければ腰砕けになるパターンが多い、と。*2
 また、太田恭治は「メディアは誰一人として糾弾には反駁せえへんのよ。信念をもっているのなら、僕らに反論すればええやないか。でも反論なんて一回もなかったよ。みんなあっさり謝ってしまうんですよ。」と語る(219頁)。

 信念がない。

被差別部落と水害

 竹田だけじゃない。日本中の被差別部落で、この程度なら当たり前の光景だった。 (202頁)

 七瀬川高瀬川、その合流地域である竹田は例年のように水害に襲われた。*3 *4
 水捌けの悪い敷地と下水設備の不十分な環境では、水害後に伝染病が蔓延した。
 戦後すぐの竹田地区では、乳幼児の死亡率が異常に高かった記録がある。
 しかし行政はこの環境を黙殺したのである。
 「くどいけれど昔話じゃない。つい最近までの話だ」(213頁)。
 川沿いの堤、昭和30年代までは竹田の集落側が一段低くなっていた。
 要するに、増水があったとき、溢れた水は、全て部落内に流れ込むように設計されていたのである。
 それが当然とされていた。
 「何よりも全国にはまだ、同和対策事業未実施の部落が一〇〇〇ヵ所も残存している。それらの地域では、今も堤防は一段低いし、上下水道も完備されていない」(214頁)。*5

 

(未完)

*1:こうした対話なきテレビ局側のやり方は、「寝た子を起こすな論」のような考え方を助長するものであろう。この論については、齋藤直子が次のように述べている(「被差別部落と結婚差別 『結婚差別の社会学』著者、齋藤直子氏インタビュー」https://synodos.jp/newbook/20477 )。

これは、「寝た子を起こすな論」と言って、部落問題では昔から散々議論されてきました。差別があるにも関わらず、声をあげさせない。「マイノリティは黙っておけ」と言っているのと同じです。

*2:山口真也と伊佐常利は、本書(森著)を参照して、次のように書いている(「放送が禁止された歌」https://www2.okiu.ac.jp/yamaguchi/houkin.pdf )。

森氏(引用者注:森達也)は、最初は「解放同盟から抗議が来るかもしれない」というように単なる不安だったものがいつのまにか「抗議が来たらしい」という噂にすり替わり、それが一人歩きしてわずかな時間で「抗議が来た」という既成の事実に変容してしまうのではないかと指摘している。しかし、こうした意識の変容の背景にあるものは、放送関係者の、差別問題に対しての強固な忌避感に他ならない。 (引用者中略) 歌謡曲規制において安易な判断がなされる背景には、放送局側の意識の低さがあると考えられる。

*3:京都洛南の治水について、1968年の論文・辻文男「京都市南西部低地における宅地化と洪水災害」(https://ci.nii.ac.jp/naid/130000996624 )には、次のように書かれている。

治水計画の参考となる危険地域の想定図によると,地盤高,排水能力,宅地化の進展,家屋密集度から見た悪条件が重なっている地域は,次の三か所である。(1)淀駅周辺,(2)新旧国道1号線の分岐点付近,(3)高瀬川七瀬川の合流点

*4:山本登『部落差別の社会学的研究 山本登著作集 6』(明石書店、1984年)も、竹田・深草地域は、死亡総数に対する乳幼児の死亡率がとても高いと書いている(123、124頁)。昭和9年以後年平均41.2%であるとも。

*5:放送禁止歌』(解放同盟社)から出た2000年時点での状況。