部下をうつにする、6つの上司の勘違い 吉野聡『それってホントに「うつ」?』

吉野聡『それってホントに「うつ」? 間違いだらけの企業の「職場うつ」対策』講談社 (2009/3/19)

 別段、書評というほどのものではないのですが、ある本の中で興味深い箇所があったのでそれについて言及したいと思います。
 その本というのは、吉野聡『それってホントに「うつ」? 間違いだらけの企業の「職場うつ」対策』 (講談社プラスアルファ新書)という本です。
 職場の「うつ」には大まかに4種類あるが、職場ではそのうちの「従来型」での対応しかできておらず、そこに、「うつ」にかかった人と、職場の上司や担当者との認識の(時に悲劇的な)ギャップが生まれる、というのが本書の主題といえるでしょうか。場合によっては、まるで下痢の人に下剤を渡すような対応も、現今の職場では起こっているのかもしれません。
 この本については、すでに、ほかのブログ(『雑読記』様2009/05/05付)で、過不足無く適切な書評がなされています。
 ですから、ここでは、気になる箇所について引用して述べていきたいと思います。
 それは、本書193頁から198頁までの箇所です。「部下をうつにする上司の勘違い」と題して、職場の上司が、「うつ」にかかった部下に対して陥りやすい勘違いについて、6つ挙げています。一つ一つ見ていきましょう。

1、「自殺は本人が選んだ結果なのだから、職場に責任はない」

 これは、俗に言う「自己責任」論とかいうやつです。これに対して著者は、ひどい長時間労働や精神面の健康悪化を、職場で把握していたのに、適切に対策を講じなかったら、これは「責任」ありだろうと反論しています。見て見ぬ振りは、許されません。

2、「真面目で責任感が強く、几帳面かつ完璧主義という本人の性格のため労働時間が長くなってしまった場合に職場には責任はない」

 これに対しては、本人の性格を主因に帰して、職場が免責されたら、日本人の真面目で責任感ある「美徳」を否定してしまう、と上手に反論してます。それが、社会的な美徳を汚してしまうからという、うまい反論です。この勘違いも「自己責任」論の一種です。「自己責任」という「常識」に、社会的な「美徳」を持ってくる、技ありな反論ですね。

3、「両親や配偶者と同居している場合、家族も勤務状況や生活状態を把握できるのだから、職場に責任はない」

 家族が言われたらかわいそうです。これに対しては、家族にもアドバイスはできたかもしれないが、でも家族は職場に労働時間の軽減などを求めることができるだろうか、と家族の置かれた現実を述べて反論します。それに職場にいる時間は、家族といる時間と比べ、それと同等かそれ以上の長さです。これは、職場のほうが責任重いですよ。

4、「自己申告制をとっていて、時間外労働について本人が過少申告した場合には、上司は実際の勤務状況を把握することが困難なので、職場に責任はない」

 これに対しては、職場がたとえ、明確に長時間労働を強制していなくても、「許容ないし黙認」(196頁)していたら職場に責任も生じてくるだろう、と反論します。まあ、これは「1」の延長線上のものです。

5、「本人に対し、帰宅してきちんと睡眠をとるように指導したので、職場に責任はない」

 これに対しては、「よく耳にする管理職の弁解」だが、そんな「指導」をもらっても、仕事の期限や内容自体が変わらず、長時間・重労働なら、何もしていないも同然、と批判します。口先だけで、人は救えません。それにしても、上司に口先だけで「指導」されている人はけっこう多いのではないでしょうか。

6、「同じ仕事をしているほかの人は元気なのだから、うつ病発症の原因は業務とは関係がない」

 これに対しては、裁判所は「業務遂行ができる程度の心身の健康状態を有する労働者」(198頁)の中でも、ストレスへの対処能力のもっとも弱い人を判断基準としている、と反論しています。裁判所は、弱い人を基準にしてくれています。「自己責任」というのが弱肉強食を正当化するものでしかない論理であるとするならば、この裁判所の判断は、「自己責任」論へのブレーキとなるでしょう。

 以上、見てきました。「1」と「4」への反論は、「自己責任」の圧力への反論となりうるでしょう。「3」への反論は、お前の責任を棚に上げるな、という責任転嫁を見過ごさない精神を涵養します。「5」への反論は、口先だけの上司に鉄槌を下すよい武器です。「6」への反論は、知識として絶対に覚えておきましょう。「2」への反論のような、レベルの反論ができるようになったら、たいしたものです。
 上記の六つの反論は覚えてほしいと思います。もっともらしく聞こえる言葉だからこそ、反論は難しい。それが、上の六つの反論を覚えてほしい理由です。

(追記)
 本書に対する書評のなかで、『Tバックで読書中』様の書評は、大変優れています。

会社目線で言うと、
病気から復帰してこようとする人に対して
「配慮」や「気遣い」をせよ、
と言われると実施が難しいことに感じてしまうが
「仕事のコントロール」といわれると、
当然のことなのでできる気がする。

 必要なのは、(質的な、量的な)「仕事のコントロール」であり、その上で、会社側も社員側もできることをする。これでいいのです。