内容は紹介文の通り、
世の動きのなかにあって、法律は実際どのように立案・制定され、運用され、どのような役割を果たすのであろうか。本巻は、こうした疑問にも応え得る、時事問題の中の法律を論じた末弘エッセイを精選し、ほぼ年次順に配列・構成したものです。
というもの。
時代を経てもなお、読みごたえがある。
以下、特に面白かったところだけ。*1 *2
法の解釈が必要な理由
どうしていちいち解釈を経なければ法が何であるかが解らないような法規を作るのか (357頁)
なぜ法規はいちいち解釈を経なければならないような恰好をしているのか。
それは、世の中の出来事が複雑多岐を極めていて、そのすべてを予想していちいち適用される法規を作ろうとすると、非常に複雑なものを作らねばならない。
そして、複雑なものを作っても、また、法規が予想しない出来事が表れて、処置に困る。
それで結局、法規は単に抽象的な法則を作っておくにとどめて、後は解釈によって複雑な法を導き出すような仕組みにするのである。
以上、「法学とは何か」より。
大事なことなので、引用した。*3
擬制は松葉杖
もしも世の中に擬制というものがなかったならば、後代に向かって多大の影響を及ぼしたローマ法の変遷にしても、おそらくはもっとはるか後に至って実現されたものが少なくないであろう (45頁)
著者は、イーエリングの『ローマ法の精神』を引いて、真理の解決方法が未だに備わらないのに、擬制を捨てよというのは、あたかも、松葉杖をついた「跛行者」に向かって杖を捨てよというに等しい、と述べている。*4
以上、「嘘の効用」より。*5
「元来非常時のみ目的として存在する軍隊が」
元来非常時のみ目的として存在する軍隊が、今回のような危急の時に役立ったことに、何の不思議があるか。 (149頁)
今回の震災に際して、軍が急速に出動して偉大なる役目を果たしたのは、感謝する所だが、と前置きしつつ、著者はいう。
元来非常時のみ目的として存在する軍隊が、今回のような危急の時に役立ったことに、何の不思議があるか、と。
そして、消火器が火事に際して役立ち、日本刀が人を切るに役立つのと何の差異があるのか、と。*6
その功績を認めるのと同時に、それは軍として当然の任務を尽くしえたにすぎない。
以上、「震災についての感想」より。
関東大震災についての著者の発言であるが、これは決して古びていない言葉ではないか。
まさしく、功績を大いに認めることと、それが任務としては当然であることは、必ずしも両立しないわけではない。
淳風美俗論者は国家万能論者
今の淳風美俗論者は一般に国家万能論者であって (211頁)
親孝行の形式は作りえても、国家の法律ではいかんともしがたいものである。
ところが、今の「淳風美俗論者」は、一般に国家万能論者であって、口に道徳を教え、宗教を説くけれども、同時に、その道徳や宗教までも全て、国家の法律によって規律し、すべて一切の社会的規範を国家化しようと企てている。
以上、「法窓閑話」より。
戦前の話とは思えない。*7
(未完)
*1:末弘に関する事項として、彼の戦時の言動の問題がある。以下、馬場健一「六本佳平=吉田勇編『末弘厳太郎と日本の法社会学』」より引用する(https://ci.nii.ac.jp/naid/130005311809 )。
本講義における最大の問題点は、吉田論文、石田論文も指摘するように、末弘が戦時中に引き受けた課題や言動について、その中では一切黙して語っていないことであろう。戦時中には末弘法学という学的営為白体が変容するのであり、自らの法社会学理論もそうした変容の中から形成されてきたものである以上、当時なお微妙な問題だったことを勘案しでも、それらについて沈黙することは、単なる政治責任の範囲を越えて学的誠実性にかかわる。
同様に、戦時期の末弘について、石井保雄は次のように書いている(「わが国労働法学の生誕 : 戦前・戦時期の末弘厳太郎」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005661138)。
大正デモクラシーの「市民法」を体現し、右翼からは「赤化容共反国体思想」の持ち主として、刑事告発までされていた末弘が、何故に「皇国の国是を體し、国防国家体制の確立を図り、以て大東亜法秩序の建設を推進し、延いて世界文化の展開に貢献せんことを期す」(「要綱」第二)と謳う「日本法理研究会」に入会したのであろうか。 (引用者略) 「現行法は翻訳法であって国民生活や感情に即しない」「国民感情に添うように改良したらどうか」「法と道義との一体化を企図してみたらどうか」という塩野 (引用者注:塩野季彦) の主張に共感したからではないかと指摘されている。そして末弘は戦後、戦時中にこの「日本法理研究会」に関与したことを理由に教職追放されることになる。
*2:なお、下巻を取り上げる予定は現状ない。
*3:ところで末弘は、同じ、「法学とは何か」において、次のように述べている(以下、青空文庫に掲載されているものを引用する。https://www.aozora.gr.jp/cards/000922/files/47100_32182.html )。
最近における法史学や比較法学の発達,その他人種学,社会学等の社会科学の発達はようやく法の社会法則の発見をめざす科学としての法社会学の成立を可能ならしめつつある。私はこの科学がやがて自然科学と同じ程度に実用法学に必要な社会法則を十分に提供しうるところまで発達すれば,法学が真に科学の名にふさわしい学問にまで発展し,立法や裁判のごとき法実践がもっと無駄と無理のない合理的なものになるに違いないと考えている。
末弘がこう述べたのは、1951年のことである。彼のこうした科学的法則性への憧憬は、時代的なものであったとみることができるであろう。例えばそれは、まだマルクス主義の影響が強かった時期の西郷信綱の著作など(1955年の『日本文学の方法』など)にみえる、科学的法則性への強いこだわりと、決して無縁ではないのである。
*4:イェーリングの言葉の出典については、松田宏一郎「「である」ことと「ということにしておく」こと──共存象徴と擬制について」(『政治思想学会会報』第43号http://www.jcspt.jp/publications/nl001_100.html、1頁)を参照。ただし、松田論文にある「1965年」は、正確には1865年であろう。
松田の示した該当箇所は以下の通り。https://www.deutschestextarchiv.de/book/view/jhering_recht03_1865/?hl=Fictionen&p=304
*5:この「嘘の効用」を批判的に検討したものとして、笹倉秀夫「末弘厳太郎『嘘の効用』考 : 併せて来栖三郎『法とフィクション』論」(https://ci.nii.ac.jp/naid/120005614350 )がある。笹倉は、〈ルール正義〉や〈帰属正義〉というタームで、末弘の議論を吟味している。
*6:ところで、末弘には、陸軍が推奨していた剣道について次のようなエピソードがある(高嶋航「戦時下の日本陸海軍とスポーツ」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005465600 )。
ここで興味深いのは、体協理事長の末弘厳太郎が陸軍が奨励する剣道について、「恐くもなし痛くもない剣道」で役に立つのかと疑問を投げかけていることで、陸軍戸山学校の河野毅は「余り痛いことをやると却つて精神が萎縮する」と、いささか苦しい弁明を強いられている。
軍隊つながりという以外、特に関連する所ではないが、面白かったので言及する次第である。
*7:「淳風美俗」について、『世界大百科事典 第2版』は次のように説明している(https://kotobank.jp/word/%E6%B7%B3%E9%A2%A8%E7%BE%8E%E4%BF%97-1174396 )。
淳は醇,純に通じ,素直な気風,美しい風俗を意味する。太平洋戦争の敗戦まで立法,国民教化政策,労働政策の重要な指針となった観念。大日本帝国憲法により支配体制を法的に確立した支配層が,この体制を維持強化するのに好都合な臣民を育成するために,天皇の権威をもって臣民が守るべき道徳として与えたのが教育勅語であった。その内容を具体的に示した第2期国定修身教科書(1911)は,〈子が父母を敬愛するのは人情の自然で,忠孝はこれに発する。
ちなみに、「淳風美俗」トレーナーという衣服も存在するらしい。以下のURLよりhttps://clubt.jp/product/369868_34611971.html 。
