「米国海兵隊の台湾派遣を法的に義務付けさせよ」という反論 小川和久『ヤマトンチュの大罪』(3)

■斬首戦略の現実性と、台湾国内で法的手続きの問題■
 「沖縄海兵隊の戦闘部隊、米「移転困難」 (2005年6月30日 読売新聞)米側の説明は今春、日米の外務・防衛当局の審議官級協議などで伝えられた。それによると、中台有事のシナリオとして、中国軍が特殊部隊だけを派遣して台湾の政権中枢を制圧し、親中政権を樹立して台湾を支配下に収めることを想定。親中政権が台湾全土を完全に掌握するまでの数日間に、在沖縄海兵隊を台湾に急派し、中国による支配の既成事実化を防ぐ必要があるとしている。」(前稿参照)
 繰り返しになりますが、これが斬首戦略の海兵隊側からの説明だそうです。この話の前提は、?中国の特殊部隊が政権中枢を制圧出来ること、?親中政権を樹立可能なこと、かつ、?その後台湾全土が完全掌握するのに数日で十分なこと、です。問題は?です。仮に台北が掌握されて、かつそれが中国軍特殊部隊の脅迫によって親中政権が樹立された場合、台湾軍の基地の部隊はその政権に服するでしょうか。
 仮に、北京の特殊部隊によって台北が掌握されて、台湾軍の基地の部隊が中国軍のミサイル攻撃などを受け、かつ各基地の隊の連携が困難な場合でも、おいそれとは、中国に服する可能性は少ないでしょう。米国側が、台湾を軍事的に援助する事を表明するなら、彼らも抵抗をする可能性があります。
 少なくとも、数日でどうこうなる問題である可能性は低く、その間に、ヘリ以外の手段で来た海兵隊がやってくる可能性が、大です。
 実際のところ、台湾国内でこの事態に備えて、法的に整備する必要があります。というよりも、本当なら沖縄に海兵隊駐留云々よりも、それが先だろうと思うわけです。まあ、それは後で説明します。
 ちなみに、仮に?の場合、おそらく憲法改正などの諸手続きが必要になるはずです。中国が台湾は自国の一部と主張しているにせよ、形式的手続きは踏むべき、という可能性があります。
 台湾こと中華民国憲法では、「憲法の修正は、立法院立法委員の四分の一の提議により、四分の三の出席を得て、出席した委員の四分の三の決議をもって修正案を提出できるものとする。また公告してから半年後、中華民国自由地区の有権者の投票によって再審議を行い、有効同意票が有権者総数の過半数となった場合これを通過し、憲法第百七十四条の規定は適用されない。」となりますので、政権がクーデタで変わっても、有権者が否決する可能性もあります(「2005年6月10日中華民国憲法追加修正条文(第7次憲法修正)」『台北駐大阪経済文化弁事処』様)。ただし、北京側が選挙妨害をする可能性もあるので、国連などによる選挙監視は必要になります。しかしそれ以前に、国連の介入を拒否するような気もしますが。

■斬首戦略対策のための、台湾での法的整備■
 閑話休題。斬首戦略を、海兵隊は恐れているようです。大変です。でもそんなに大変なら、台湾国内で法的にこの問題を整備する必要があるのではないでしょうか。
 いうまでもなく、もし斬首戦略がもし現実的脅威だとするのなら、これに備えて台湾本国では、?法的整備、?軍事的整備が必要となるはずです。両者とも既に存在しているかもしれませんが、?の場合、仮に指導層が攻撃され(更には殺害され)指令系統がマヒした際、どこの誰へ指揮権などが譲渡されるのか、仮に中共によって中国への併合など進められそうになった場合には、それを法的に禁止ないしその併合への手続きを複雑化、あるいは禁止させるなどの手段が存在するのか。
 後者は、北京側が強引に併合を進めれば、結果難しいかもしれません。しかし、せめて前者だけでも進めておくべきでしょう。実際米国では、最高指揮の権限を持つ大統領に万一があった場合、誰にそれを継承するのか、法的(制度的)に決まっています。18代先まで。しかも、大統領と継承候補者たちは、一箇所に固まっていたら有事において大変なので、どんな重要な国の行事があっても、最低一人は、別の場所にいなければなりません。これは、法的手続きとしてあるべきものです。斬首戦略に、この点は想定されているのでしょうか。早速、総統継承順位の法的整備開始です。
 ?について、想像される通り、要人へのミサイル攻撃などに対して、諜報による対策や、シェルターの整備、逃走経路の確保、特殊部隊へ対抗する部隊の整備などが想定されます。いや、どうせやってるんでしょうが。

■余計な二言■
 あと、海兵隊に頼るのは戦術的に間違いでないにしても、もう少し台湾の部隊について考えてあげた方がいいような気もします。メインで戦うのは彼ら台湾の部隊であって、海兵隊が来るまでのあいだ時間を稼ぐのも彼らの仕事となる以上、この点について言及しないのは片手おちじゃないかと思うわけです。(注1)
 法的整備ついでに、一言。蛇足ですが、もともと、中台問題の根源は、米国が北京政府を承認したにもかかわらず、一方で、東アジアの覇権を握るには台湾とも継続して付き合おうとした、その二股にあります。この二股は、日本もかけております(詳細、毛利和子『日中関係』を参照)。 事の起こりが二股外交にある以上、そしてそれによって米日が利得を得てきた以上、その清算は軍事重視ではなく、外交重視で片をつけるべきではないでしょうか。(注2)

■「米国海兵隊の台湾派遣を、法的に義務付けよ」という反論■
 台湾有事に台湾へ派遣されるのかどうか保証もないのに、沖縄に海兵隊を置いておくのは拒否したい、という風な反論もあり得ます。法的に保証されるまでは海兵隊は後方へ退いてほしい、という戦術的反論も案外効果的なのかもしれません。
 台湾有事に備えて、海兵隊を沖縄に常設すべきだという。なぜならその可能性がゼロではないからだ、と。ならば、台湾有事においても米国軍が台湾へ海兵隊を派遣しない可能性が法的にありうる以上、もし台湾有事への備えを完璧にするなら法改正(「有事ならば絶対に台湾へ海兵隊を派遣する」)を求めるべきです(「現在のアメリカの法解釈では「台湾海域で武力衝突が生じた場合、必ずしもアメリカがこれに介入しなくてもよい」とされている」というWikipedia「台湾関係法」の項目を参照)。(注3)
 これでもなお、中国の反発を招くという主張はありえます。しかし、アメリカ側が絶対に海兵隊を派遣するという保証が十分ではない以上、台湾の安全保障のためには、これがより確実な方法であり、台湾を救いたい保守派の人たちは、これを求めるべきでしょう。米軍の善意を信頼しすぎるのは、軍略的に甘いといわざるを得ないですし。沖縄県民も、行くかどうかもわからない海兵隊を置いておくほど、お人よしじゃあ、ありません。
 ロビイング活動によって、米国議会に日本及び台湾の有志は働きかけるべきでしょう(現に行っているはずでしょうよ)。そもそも、「米軍海兵隊が沖縄にありさえすれば、台湾の有事にも出動してくれるだろう」という「楽観」は、「斬首戦略は、起こらないだろうし、起こっても不首尾に終わるだけだ」という「楽観」と、程度問題とはいえ近しくないでしょうか。

■妄説:斬首戦略に対する「自由フランス」的抵抗■
 斬首戦略については、次のようなご意見もあります。
 「どのような部隊を用いるかはともかく、台湾軍がろくに機能しないまま政府だけを押えられると困ったことになります。台湾の防衛は、上陸してくる中国軍に対して、台湾軍が防御戦闘をやって時間を稼ぎ、アメリカ軍の来援を待つ、という形です。しかし奇襲によって一気に事が決してしまうと、アメリカによる援軍が間に合わない可能性があります。米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしまうと、それでも介入するのかどうかは難しい問題です。」(「台湾海峡の現在と、有事のシナリオ」『リアリズムと防衛を学ぶ』様)
 「台湾軍がろくに機能しないまま政府だけを押えられる」て、「米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしまう」事を懸念されておられる模様です。なるほど、大変です。でもそんなときには、代わりの政権を作るという手もあります。先人の知恵に学びましょう。
 素人の想定だと、「自由フランス」的戦略、というのがあるのではないかと考えます。仮に、「米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしま」ったとしても、ド・ゴール的な人物が、中共の介入した政府を否認して、自身たちこそ正式な政府であると宣言し、米国が間髪いれず承認してしまう、という方法です。荒唐無稽な方法ですが、そもそも斬首戦略がこんなにすんなり行くこと自体が眉唾ではありますので。
 米軍も斬首戦略の防止を考えるなら、これぐらい思い切った方法を想定したほうがいいような気がします(そんなことを考えるほど、米軍は暇じゃないのでしょうが)。ド・ゴールの場合、亡命先となった英国で、「自由フランス」を立ち上げましたが、今回のケースでは、国内のバージョンを想定してみましょう。 「斬首戦術で台湾政府の中枢が抑えられても本省人が多い南部では,地元自治体の首長による臨時の正統政府が建てられれば,抵抗運動を指揮するのは可能です.」とおっしゃる人もおられるようですので、結構可能なのかもしれません(「海兵隊関連」『軍事板常見問題&良レス回収機構』様)。
 もしも万が一、斬首戦略ののち中国主力軍が台湾を攻めだすとしたら、「中国軍にとってとくに注目すべき場所は、台湾東側にある、山をくりぬいて作られた2つの「秘密」の空軍基地―― 花蓮のChihhang(漢字が出ねえ)空軍基地、台東の知本航空基地――だよ。/ o これらの基地は最初のミサイル攻撃に生き残るため、中国空軍にとって少しばかり余分な手間が必要となるよ」となるみたいです(「適当訳『台湾にとっての恐怖の年: 2006年』」『flurryのメモ』様)。抵抗している間に、米国軍の到着ですね。めでたし。
 以上、妄説です。

(続く)


(注1) 斬首戦略について、「これが無理なのは「不可逆的な治安悪化」を中共が直接関与したとが断定出来ないかたちで演出することが不可能だからです。台湾の海兵隊が特殊部隊化して台北の対テロ要員になっている事はご存じでしょう?アメリカ海兵隊の指導の元にある部隊です。1980代の要人警護はかなり牧歌的だったようですが、現在の憲兵隊の要人警護はアメリカの特殊部隊の指導もあって対テロ対策が十分に取られています」と言うご意見もある模様です(「斬首作戦の元ネタの海外記事を「いじる」テストw 」『拗ね者のコメント帳』様)。台湾側の特殊部隊対策も考慮しないと、この問題は片付かないでしょう。ここのところまで論じてくれる勇者を募集しております。

(注2) 「そんなに台湾との連携が大事なら、まず第一にやらなければならないのは台湾を国として承認して、ちゃんとした国同士の約束を結ぶ事でしょうに。/でも、そんなことをして中国を怒らせたくない財界には逆らえないこういう人達は、絶対にそこまでは踏み込もうとしない。」と、「それなら、まず台湾を国として承認すべきでしょ」(『白砂青松のブログ』様)の記事はご立腹です。まずはやることをやってから、です。
 同じ意見として、「そこまで大切ならちゃんと承認して国交結んで同盟国になればよいのに、何に腰が引けてるのかは知らないが国家承認もせず国交もない国、これで沖縄の人が納得するでしょうか。なかなか難しい気はしますが、それが本当に必要だというのであれば、ちゃんと上記を政府の言葉として、沖縄に説明しなければならない、させなければならない。」という記事「海兵隊基地を沖縄定着させるならば、過去へ頭を下げる事と抑止力の詳細についての説明が不可欠」(『ここギコ!』様)もご参照ください。

(注3) 台湾の馬総統も、「中国との有事が発生した場合、台湾支援で米国の参戦を求める考えはないとの立場を表明」しており、「中国との衝突のリスクを削ぐため米国からの武器調達は今後も続ける」ということだそうです(「中国との有事発生でも米国の参戦求めず」)。独力で北京と戦い抜こうという御意思のようです。じゃあ、沖縄に駐留する海兵隊って[禁則事項です]ということなのでしょうか。

2010/10/26 最終更新