早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ』を改めて読んだ。
立場はどうあれ、イスラエルとパレスチナに関心のある人は、読んでおくべき本である。*1
主に、ユダヤ系の知識人たちが、「イスラエル」にどのように向き合ったのか、という内容である。
- 作者: 早尾貴紀
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2008/03/25
- メディア: 単行本
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ショーレムの「転向」
二〇年代においてはやはりアラブ人との共存を目指す運動に参加していた。 (48頁)
ショーレムの話である。*2
彼は、いち早くパレスチナに移住し、友であるベンヤミンらに移住を呼びかけた。
そして、ブーバーらとともに、ユダヤとアラブの共存を訴えた。
だが、30年代のナチズム台頭以降、ショーレムは排他的シオニズムに傾いていくことになる。
「転向」である。
イスラエルが誕生する以前に、一つの希望が消えていた。
ギブーツの現実
そこには「未組織で後発的なアラブ人労働者に代表されるような『低賃金労働』がある」 (73頁)
理想視されがちな、ギブーツの現実である。
初期のキブーツなどによる入植活動および土地の取得が、アラブ・パレスチナ人土地所有者からのユダヤ人による土地の排他的占有と、アラブ・パレスチナ人低賃金労働者と競合関係のなかでのユダヤ人労働者の地位確立を意図しており (112頁)
これは、ゲルション・シャフィールの研究に基づく言及である。
ギブーツはその誕生から、排他的ユダヤ人国家と結びついていたことになる。
「左派」の欺瞞
左派は、入職活動などによってこれまで支配獲得した領土を既成事実として線引きし、そのこちら側をイスラエル国家として国境を最終画定し、その向こう側に「パレスチナ国家」の建設を認めるという、いわゆる「二国家解決案」を主張している。 (215頁)
左派(「シオニズム左派」)、というと、いいイメージがありそうな気がするが、そんなことはなかったぜ。*5
たとえば、ピースナウ*6は「シオニズム左派」に近い、と著者はいう。
こっちの方がイスラエル側に都合がよい。
これが、先に挙げた二民族国家論との違いである。*7
パレスチナのヨルダン川西岸地区の内部を切り刻んでいる入植地と分離壁の撤去に一言も触れることなくパレスチナの独立と二国家解決を呼びかける (227頁)
「左派」の一人であるデイヴィッド・グロスマン(作家)への批判である。
平和が「停戦」だけで終了してしまっていて、こうした構造的暴力は放置されてしまっている。
これで本当に「平和」になるわけがない。
現在イスラエルがグリーンライン(中略)から大きくはみ出す形で建設している「分離壁」と呼ばれるものは、もともと左派・労働党から提案された (250頁)
グリーンラインとは、中東戦争の停戦ライン*8のこと。
国際的に承認されたイスラエル領を定めるラインのことを指す。
そのラインから大きくはみ出す形で、壁が作られている。*9
労働党ェ。。。
バーリンの「矛盾」とヘルダー
ヘブライ語が発明・改良・採用されていく過程で、とりわけ東欧ユダヤ人の母語としてのイディッシュ語は「前近代的な非言語」として侮蔑され抹殺されていった。 (232頁)
この言語的な人工性に、ヘルダーを支持するはずのバーリンは、向き合わなかったのではないか、と著者はいう。
現在使用されているヘブライ語は、近代に作られた(作り直された)人工的な言語である。
その一方で、イディッシュ語*10は、わきに追いやられることになる。
ヘルダーは、自然や感情、民族的個性といったものの優位を説いた人物であり、もし彼が20世紀後期に生きていたら、人工的であるヘブライ語よりイディッシュ語の方を支持したであろう。
ユダヤ移民、なの?
一九八〇年代後半からは、(略)ユダヤ人であるかどうかが根本的に疑わしい移民を、しかしやはり「ユダヤ帰還法」に基づいて、組織的に大量に移民させるという事態が生じている。 (293頁)
例えば、ロシア系については、半数近くがキリスト教徒と言われている(しかも移民してきた多くがキリスト教のままである)。
エチオピア系についても、彼らがユダヤ人の系譜にあるという証明はない。
もちろん、こうした移民らにも、「二級市民」という差別が待ち構えている(294頁)。
イスラエルという国は、ずいぶんとまあ、平等性のない国なのである。
アイヒマン裁判を利用したイスラエルさん
イスラエルが、国家の正統性を補強するためにホロコーストを利用するようになったのは、一九六〇年のアイヒマン裁判以降 (323頁)
ロニー ブローマン, エイアル シヴァン『不服従を讃えて』等が参考文献となっている。
アイヒマン裁判のときのイスラエルの「手口」については、http://d.hatena.ne.jp/haruhiwai18/20121125/1353854145なども参照あれ。
ハマスを支援してたイスラエルさん
イスラエル政府がオスロ合意の前までは、ファタハなどパレスチナの世俗ナショナリズムの発展を牽制するために、宗教勢力としてのハマスを半ば公然と支援していた (334頁)
アフガンで戦うムジャヒディンたちを「支援」してた、某アメリカ合衆国のようである。
このハマス支援の詳細については、http://palestine-heiwa.org/note2/200602211318.htmなどを参照あれ。
(未完)
*1:著者のイスラエルとパレスチナに対するスタンスについては、著者自身によるイラン・パペ小論http://palestine-heiwa.org/doc/2007/pappe.htmlが参照されるべきである。
*2:ユダヤ神秘主義研究で有名な人。アーレントとの論争でも有名。
*3:念のため書いておくと、『我と汝』等の著作で知られる人物。
*4:ただし著者によると、「 一九四七年の国連パレスチナ分割決議の時点でユダヤ人対アラブ人の人口比は一対三、しかもユダヤ所有の土地はわずか七パーセントであった 」(231頁)という。相手が当時マジョリティだったからこそ、ブーバーやアーレントが、共存を呼びかけた要素はある、と著者は述べている。
*5:「左派」の欺瞞については、著者の手になるhttp://palestine-heiwa.org/note2/200705230511.htmも参照せよ(命令
*6:ブランドのことじゃないよ
*7:「『二国家解決案』(いわゆるパレスチナ国家の樹立)のオルターナティヴとしての『二民族一国家(バイナショナル)構想」は、「欧米リベラル知識人による『知的ゲーム』であるとの批判がイスラエル国内の反シオニスト左派の論者から出され」ていることに、注意が必要である(http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2008/06/post-99/)
*9:「分離壁」の実態については著者自身の解説をご参照あれhttp://palestine-heiwa.org/note2/200611031728.htm
*10:高地ドイツ語の一つ。イディッシュ語自体は、アメリカに300万人以上の話者がいる。『屋根の上のバイオリン弾き』の原作も、イディッシュ語で書かれている。