今拓海『ローリング・ストーンズ』を読んだ。(厳密には再読)
内容は、紹介文の通り、
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の「フラッシュ」の本当の意味は「核爆発」?「アイ・キャント・ゲット・ノー・サティスファクション」のタイトルには、ミック・ジャガーの黒人文化への深いオマージュが込められていた…etc.ストーンズ世界の背後の、「既成概念」「精神風土」「宗教問題」を明らかにする。中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)との特別対談「ストーンズは何と闘ってきたのか?」も収録。
という内容。
サブタイトルの「『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の聴き方が変わる本」というのは釣り気味ではあるが、しかし、中身は問題なし。
以下、特に面白かったところだけ。
リヴァプールとアメリカ音楽
そのなかにはジャズやリズム&ブルースのレコードを持ち帰ってくる人も少なくなかった。 (29頁)
リヴァプールは、米国から多くの輸入物が届いた。
エレキギターも来た。
ロンドンではまだ手に入らないモノばかりである。
こうしてリヴァプールでは、ロックやジャズなど米国文化が多く届き、バンド結成をする人が多く出る。*1
そして、米兵が駐留するハンブルクのクラブで演奏の仕事を獲得したのが、ビートルズであった。
まあ、ストーンズに、リヴァプール出身の人はいないが。*2
英国とマリファナ
ところがなかには移民の際に約束されていた仕事に就けなかった者もいて、彼らがマリファナの密売を始めた (124頁)
マリファナは、英国ではなかなか手に入らなかった。
ところが、50年代後半から流入したジャマイカからの移民(多くはロンドンのブリクストンに住んだ) *3 が、マリファナの密売を始めた。*4
背景は引用部のとおりである。
流れを変えた「タイムス」の記事
ところが、この裁判結果に保守系の高級紙といわれる「タイムス」紙が、反論の社説を載せた。 (135頁)
ストーンズの薬物裁判の件である。*5
タイムズ*6紙は、通常なら執行猶予なのに、はるかに厳しい裁判判決が下されたことに疑問を投げかけた。
ストーンズだからそんな結果にしたのはおかしいと。
そうして世論の風向きが変わったのである。*7
英国のMDMA対策
逆にMDMAに関する情報を次から次へと公開した。 (220頁)
ストーンズの話題から外れて、90年代の英国のドラッグ事情のお話である。
あのイギリス人ですらMDMA*8でうっすらとした幸福感と誰でも隣にいる人がいとおしくなる、という驚異の薬である。*9
これも粗悪品が出回ると死者が出始める。
そこで英国政府は情報を提供し始めた。
粗悪品の見分け方、飲んだときは換気をよくすること、激しい運動はしないこと、アルコールと併用しないで、水を多く飲むことなど。
別に国民全体がMDMA漬けになったわけではない。
むしろ国が情報を広めたことで、粗悪で事故につながるようなMDMAが売れなくなったという。
善後策としての政策を、英国政府は目指したのだ、と言える。*10
5弦ギターの秘密
キースは一番低いDの弦をとってしまった (179頁)
キースの5弦ギターの理由について。
ボトルネック奏法では、イレギュラーのチューニングにしないと、コードの音にならない。
そこで、オープンGのチューニングにする。
すると、低い弦からDGDGBDになる。
ただ、これだと、Dの音が目立ってしまう。*11
そこで、5弦にすると、B一つ、D二つ、G二つ、とバランスが取れるのである。*12
(未完)
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*1:こうしたについては、楠田真「戦後イギリス若者文化再考―「スウィンギン・ロンドン」とその余波―」でも、言及されている(https://ci.nii.ac.jp/naid/500000915567 )。
*2:もちろん、ミックとキースはイングランドの南部・ケント出身で、他のメンバーもイングランド北部出身の者はいない。イアン・スチュワートはスコットランド出身だし。
*3:木村葉子によると、
ロンドンなどイギリスに黒人が一挙に増えるのは,第二次世界大戦後である。空軍で活躍した西インド諸島出身者が,イギリスに定住したことがきっかけであったとも言われる
とのことである(「『移民』か『イギリス国民』か : アレクサンダー・D・グレートのカリプソから読み解く『ウエスト・インディアン』の歴史」https://ci.nii.ac.jp/naid/120005274010 )。面白い論文なので、ぜひご一読を。
*4:かつては、ジャマイカでもマリファナは違法であり、「1978年9月、ピーター・トッシュ(Peter Tosh)はマリファナ喫煙で逮捕、また警官に暴行を加え、逮捕を拒否し下品な言葉遣いをしたとして容疑をかけられた」(「ダブストアインク」の記事より。https://www.worldreggaenews.com/article.php?category_id=2&article_id=2527 )。
ジャマイカの大麻の所持・栽培が法改正により、非犯罪化されたのは2015年である。ただし、「この法改正ではアメリカ合衆国のいくつかの州のような完全な合法化ではなく、2オンス(56g)までの所持が5ドルの罰金刑という微罪処分へと変更され、逮捕されることも前科がつくこともなくな」っただけである(「ジャマイカでガンジャ(大麻)が非犯罪化、ザイオンに一歩近づく」https://buzzap.jp/news/20150416-jamaica-legalize-it/ )。
ジャマイカのマリファナの質は高いことが知られているが、丸山ゴンザレスの取材によると、
しかも、合法になってしまえば堂々と販売できるんだ。これほど歓迎するべき状態があるか?ドラッグってのはアメリカに入ると金と同じような価値がつくんだ。品質とグラム単位で金額が決まる。いまのところ高値なのは希少性があるからさ。マリファナも安い、高いじゃなくて品質で選ぶ時代が来ると思うね
とジャマイカの商売人はコメントしているようだ(「世界で進む「大麻合法化」。裏社会の住人にその実態とホンネを聞いた~丸山ゴンザレス・中南米突撃ルポ!」https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48531?page=5 )。恐らく質は今も変わっていないのだろう。
*5:キースは、裁判での自身の発言を次のように振り返っている(「キース・リチャーズ、1967年のドラッグ検挙事件の裁判について語る」https://rockinon.com/news/detail/132215 )。
こういう発言をすると、ろくなことにならないっていうのはわかってたんだけどね。だけど、こういう局面ではね、『うーん、どうしようかな、全部認めて、判事様、申し訳ありませんでした云々って言おうかな』とか、いろいろ考えが巡ってるもんなんだけど、全然悪いことをしたとは思ってなかったから、思ってることを言おうと決めて、『おまえらの矮小な道徳観なんてどうでもいいから』となっちゃったんだよね
すげえな。
*6:日本では「タイムズ」という呼称のほうが一般的である。
*7:英語版Wikipediaの、キース・リチャーズの項目によると、ビル・ワイマンの Rolling With the Stonesに、その記述がある模様である。
その邦訳によると、タイムズ紙のウィリアム・リーズ=モグの記事には、世論の大きなうねりとなる見解が書かれていた、という(『ローリング・ウィズ・ザ・ストーンズ』(小学館、2003年、286頁) )。なお、該当するのは、1967年7月1日付のタイムズの記事であるようだ。
*8:俗称「エクスタシー」のアレである。
*9:あるウェブニュースによると、
規制薬物とされてきた「エクスタシー」(MDMA)だが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者向けの小規模臨床試験の結果が良好で、大規模臨床試験が行われることになった。
とのことである(「「エクスタシー」が米国で大規模臨床試験へ:5年後には処方薬となる可能性も?」https://wired.jp/2016/12/05/late-stage-clinical/ )。ただし、その一方で、記事内でも指摘されているように、MDMAの規制を外そうとする動きに批判的な声も存在している。
*10: 山本奈生は、
イギリスのドラッグ政策は,米国や日本における「ゼロ寛容(zerotolerance)」政策とは異なり,いわゆる「ハームリダクション(harm reduction)」政策に近しい
としている(「イギリスにおけるドラッグ政策と「世論」--カンナビスの分類を巡る政治」https://ci.nii.ac.jp/naid/110009556689 )。もちろん山本は、各国で「ハームリダクション」政策の様相・程度は異なるとも述べているが。ともあれ、「ドラッグ使用者に対する刑罰の緩和と,医療・福祉制度の拡充が重視される傾向」というのは、本書(今拓海著)の記述に通ずるように思われる。
*11:キース本人は、
いや、だから当時は、このまま6弦の普通のギターをやっててもこれまでやってきたことの繰り返しばかりになりそうで、5弦の開放弦チューニングを知ったら、まったく新しい楽器の弾き方を習得してるような感じになったんだよ。これだとさ……弦は5本あって、音は3つ……あと必要なのは手が2本と馬鹿な奴ひとつだと(笑)
と語っている(「キース・リチャーズ、ガスじいさんの思い出や開放弦奏法の開眼当時について振り返る」https://rockinon.com/news/detail/133058 )。本人は、ライ・クーダーからパクったと述べている。
*12:ウォーキング・ベースをやる場合、オープンGだと六弦がキー音ではないからやりにくいので、六弦を取ったのではないか、という指摘も存在する(鮎川誠&山川健一『ローリング・ストーンズが大好きな僕たち』(八曜社、1992年)、36頁)。