「新しい労働社会」をシングルマザーの視点から考える 濱口桂一郎『新しい労働社会』(3)

■非正規労働問題の解決について■

 (引用者注:EUの有期労働指令では)本来臨時短期的でない業務に有期契約を用いることで解雇規制を潜脱することを防止するため、有期契約の更新に正当な理由、一定期間の上限、一定回数の上限を定めることとしているのです。(93頁)

 もし違反すれば、無期契約と見なされ、法律上は、雇止めは解雇と見なされます。
 日本では「一定期間を超えた有期契約の雇止めという事態に対して、勤続期間に応じた一定率の金銭の支払い義務といった法的効果を与える法制度を作ってしまう」方がいい、と著者は提案しています(97頁)。この「雇い止めに対する金銭解決の導入」というのが、ずばり第2章の肝といえるでしょう。ではなぜ、金銭による解決を著者は、提案するのでしょうか。
 著者に対する賛成意見から、そのメリットは理解できます。「企業にとって解雇のコストが明確になるので、かなり採用しやすくなる。社員の側も、半年分もらえることが確実なのであれば、解雇を受け入れる心理的なカベも低くなるだろうし、実際に半年分あれば、転職や起業のための余裕も出てくる」(「中小企業では解雇規制が有名無実になっているとして、それは中小企業と解雇規制のどちらが悪いのか?」『Zopeジャンキー日記』様)。互いにとってメリットがあることが、金銭解決を推す理由なのでしょう。「転職や起業」をするチャンスという問題については、第3章でも触れられます。
 しかしそれだけではありません。「世の中では、解雇とか雇止めというのは、あちこちで山のように行われているわけです。そういったところでは、金銭で解決どころか、びた一文も払わない形でそのまま雇用が終了するというのは幾らでもある。」と著者は述べています(「『経営法曹』161号に私の座談会録」『EU労働法政策雑記帳』様)。現状を考慮した上でのことのようです。(注1)

 非正規労働者が就労を開始したときの水準は正社員の初任給を下回らないものとし、その後は定期昇給の最低ラインを下回らないものとする (103頁)

 非正規労働者問題の解決の方法の一つとして、著者はこれも挙げています。
 著者によると、「EUの有期労働指令には「期間比例原則」(pro rata temporis)が定められている。上述のように、欧州の賃金制度は基本的に職種と技能水準で決められているが、採用から一定期間は勤続期間に比例した年功的昇給が行われることが少なくない。」とのこと(「日本型雇用システムで正規と非正規の均等待遇は可能か?」『生活経済政策』2009年5月号)。
 これは、多くの人にとって賛同できるはずの主張です。

■「新しい労働社会」をシングルマザーの視点から考える■

 日本のシングルマザーの就業率は八〇%以上と世界的に見て驚異的に高く (155頁)

 「05年に実施された国勢調査によると、シングルマザーの人口は118万人。厚生労働省の発表(06年度)では、シングルマザーの就業率が84.5%と、男女の合計57%よりも高かった。しかし、半数以上が非正規雇用。」とのこと(「シングルマザーだから雇いたい」『asahi.com』様)。日本において、社会のしわ寄せを最も受けているのは、実は彼女たちだといえるのではないでしょうか。子供を含め、一家の家計を預かっているのに、非正規雇用しか、働く場所が無い。負担の重さと、所得の見返りの薄さの点で、日本社会においてしわ寄せを受けているのは、彼女たちであるはずです。(もちろん、親世帯の助けを得られるか否かなども、考慮すべき対象ではあります。)
 だが問題は、もっと深い。これは本書にも書いてある事柄ですが、「働いているひとり親の貧困率が働いていないひとり親の貧困率より高い国は、OECD加盟国でも日本とトルコ、ギリシャだけだ(出所・OECD日本経済白書)。シングルマザーの環境に関しては、日本は先進国とは言いがたい状況だ」(「広がる働く女性の格差【上】 シングルマザー(1)」『東洋経済オンライン』様)。働かない方が、働くよりも、見返りがよい。労働者として、この上ない不公平があります。
 著者は、「現在の日本では、法定最低賃金額が生活保護の給付額を下回っている。市場の中で頑張って働いている人は不健康で非文化的な生活に甘んじなさいといっているようなものだ。」と、この現状に批判的です(「2つの正義の狭間で」『EU労働法政策雑記帳』様)。このことは、シングルマザーを含む「ワーキングプア」全体に対して述べられています。そして、「現実に日本型雇用システムに入らない家計維持的な非正規労働者が増大している以上、(略)賃金でそこまで保障できないのであれば、それは端的に公的な給付であっていいのではなかろうか。」と公的給付を提案しています(「日本型雇用システムで正規と非正規の均等待遇は可能か?」『生活経済政策』2009年5月号)。公的給付の中身については、次稿にまわします。
 本書の書評において、彼女たちの存在に視線を注いだものは、そう多くありません(ほとんど無いかもしれません)。しかし、彼女たちは、(他の立場の人々に比較しても)労働者として最も重い負担を、社会の中で強いられている存在ではないでしょうか。その意味で本書は、シングルマザーの立場から読まれる意義が十分あります。
 戦後ずっと、最近の「格差」・「貧困」問題が大きく提起される以前から、彼女たちが、一定の割合として日本の社会に存在していたことも、その意義を高めます。
 本書の対象とする読書層の問題もあります。本書は果たしてシングルマザーたちに届く書物なのか、という点も、考慮すべきかもしれません。即断できませんが、本書が岩波新書という比較的「アッパー」な読者層を対象としており、学術的な質を落とすことの無いスタイルゆえに平易な書物ではないのも事実です。本書において、シングルマザーに焦点を当てた書評が少ない気がするのも、これと無関係なことではないのかもしれません。

(続く)