エミリー・ディキンソンとラップの共通項。ヒップホップの歴史を楽しく解説する良書。 ―長谷川町蔵、大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門』を読む―

 長谷川町蔵、大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門』を読んだ。

 内容は、紹介文の通り、

気鋭のライターとアメリカ文学者が対談形式でお届けするヒップホップの誕生から現在まで

というもの。
 体育会系の人も楽しめる内容である。

 以下、特に面白かったところだけ。

ブロンクスとジャマイカ

 ブロンクスはジャマイカ移民が多くて (23頁)

 ネーション・オブ・イスラムの指導者、ルイス・ファラカーン、あるいは、コリン・パウエル。 二人はジャマイカ系で、ブロンクス出身である。*1 
 1960年代にブロンクス横断高速道路が出来て、白人たちは流失した。*2
 その結果、アフリカ系とヒスパニック系が流入することとなったという。

楽器が買えなかったから?

 よく「ヒップホップは楽器を買うお金がなかった人びとによって始められた」と「ストリートの政治性」に結びつける人がいますが (51頁)

 当時のインタビューを読むと、そうでもないのではないか、という。
 例えば、サンプラーは今よりもはるかに高かった。*3

 親からプレゼントしてもらった人も多かったのである。

ドクター・ドレーの革新性

 ドレーこそが究極の音響系ですよ。 (141頁)

 既存曲のサンプリングをほとんどやめてしまった。
 生のプレイヤーにジャム・セッションさせて、最小限のパーツをつまんで曲を作ったのが、ドクター・ドレーである。*4

エミリー・ディキンソンとラップ

 英詩の歴史上、不完全韻はエミリー・ディキンソンやW・B・イェイツなど19世紀から20世紀前半の詩人が詩をより口語調にするために取り入れた。 (223頁)

 完全韻とは、母音とそれに続く子音が同じもの(back track)。対して、不完全韻とは子音が同じでも母音が異なるもの(party/almighty)。*5
 ラップは、きほん、不完全韻である。

アパレルで儲ける

 ジェイZや50セントみたいな大スターですら、年収に占める割合はアパレルの方が遥かに多い (231頁)

 アパレルはもうかる。
 いや、ヒップホップは儲からない、というべきなのか。*6

 

(未完)

*1: United States Department of State.のウェブページにある、“Biographies of the Secretaries of State: Colin Luther Powell ”には、実際、

The son of two Jamaican immigrants, he was raised in the South Bronx.

と書かれている(https://history.state.gov/departmenthistory/people/powell-colin-luther )。

*2:ブロンクス横断高速道路を建設したのは、ロバート・モーゼスである。彼の都市建設はかなり強引なものだった。以下、Oliver Burkeman の”The Power Broker: Robert Moses and the Fall of New York by Robert Caro review ? a landmark study”という書評(https://www.theguardian.com/books/2015/oct/23/the-power-broker-robert-moses-and-the-fall-of-new-york-robert-caro-review )から引用する。

Then again, he so hated the idea of poor people lowering the tone at the seaside that he built bridges over his parkways with insufficient headroom for buses, so only cars could make the trip. Convinced that African Americans had a special dislike of cold water, Caro alleges, Moses kept temperatures in one Harlem pool deliberately low to keep them away. An exceptional chapter, entitled “One Mile”, charts the destruction of a close-knit community by a single, mile-long curve in Moses’s Cross Bronx Expressway ? a curve added to the route, Caro strongly suggests, to steer clear of property owned by an influential acquaintance.

*3:ブログ・『キーボーディスト、脱初心者を目指す』の記事「【Vol.154】E-mu Emulator II ~80年代中期を代表する世界的サンプラー[1984年]」(https://kblovers.jp/gakki/369-e-mu-emulator2/ )には次のようにある。

E-mu Systemsの「Emulator II」というサンプラーです。発売時期は1984年。日本での販売価格は2,980,000円でした。80年代に世界中の数多くの現場で使われたサンプリング・マシンであり、国内では坂本龍一氏、小室哲哉氏らが愛用していました。

本書では、イミュレイター(初代)のほうが、価格を含め、註に載っている。

*4:ウェブサイト・『playatuner』の記事、「ヒップホップを次の時代へと誘ったDr. Dreの2ndアルバム「2001」8つの制作秘話」には、次のようにある(https://playatuner.com/2016/11/dr-dre-2-1-17years/ )。

当時のTime紙では「2001」の作業プロセスがこう書かれていた。/「2001」に参加していた楽器隊はポケベルが渡される。そしてドレーが作業したい気分の時にそれが鳴り、全員が集まる。ドレーがドラムマシーンを叩きビートを作る。その後楽器隊が自由にプレイし、ドレーが気に入ったフレーズがあるとそのパートだけ書き出してフレーズの改善をしていく。ドレーが指揮をするバンドのようだ。

 該当する箇所は、おそらく次のところ(https://web.archive.org/web/20020209023453/https://time.com/time/musicgoesglobal/na/mdre.html )。

Every Dre track begins the same way, with Dre behind a drum machine in a room full of trusted musicians. (They carry beepers. When he wants to work, they work.) He'll program a beat, then ask the musicians to play along; when Dre hears something he likes, he isolates the player and tells him how to refine the sound. "My greatest talent," Dre says, "is knowing exactly what I want to hear."

*5:Ruth Padelの「READING POETRY TODAY(今日詩を読むということ)」には、次のようにある(南川優子ウェブページ『詩のページ』より。http://www.shimirin.net/~minadams/translation/translation.html )。

これらの韻はそれほど新しいものではない。エミリー・ディキンソンは 1850 年代に子音韻を創始した。wind/God, plan/unknown, gate/mat, despair/more, one/stone といった言葉の一致がそれである。彼女の技法は驚くほど時代を先取りしていた。

「創始」かどうかはともかく、かなり早い段階であったことは間違いなさそうである。

*6:デイモン・ダッシュによると、音楽はマーケティングにカネがかかるのだという(ジェイク・ブラウン『Jay-Z ロッカフェラ王朝を築いたヒップホップの帝王』(トランスワールドジャパン、2006年)130頁)。